FC2ブログ

弘前大学

明治期、青森県に旧制高校を設立する計画が持ち上がった時、
真っ先に誘致に乗り出したのは弘前市でした。

遅れて青森市も名乗りを上げ、県議会の議論は真っ二つ。
結局、知事裁定で弘前に決まりました。

旧制・弘前高校。青森だけでなく、東北全体から秀才を集めました。
青森中学を卒業した津島修治(つしま しゅうじ)も
この弘前高校にやってきました。語学の得意な青年。

そのまま弘高を出て、地元で英語の先生にでもなってれば、
静かで幸せな人生を遅れたかもしれません。

優男でハンサムだった津島。どこへ行ってもモテました。
才に恃(たの)むところあったのでしょう。津島は弘高を出た後、
東京帝大への進学を決めます。専攻は文学部・英文学科。

東京へ出たことが津島にとって運の尽きでした。
太宰治(だざい おさむ)として作家デビューし、
一躍、文壇の寵児となるも、その人生は苦悩の連続。

苦悩を作品に組み込むことが、現実の苦悩を一層、助長。
太宰は作家としての自分を、どれほど後悔したことでしょう。
その結果、私たちに残された太宰の作品群。

こんなもの、一切、書かなくてよかったから、
個人として幸せに生き、満足して生涯を終えてほしかった。

太宰治・全集の前に立つ時、私はいつも、
心からそう思わずにいられません。

さて弘前に戻りましょう。戦後、旧制・弘前高校の流れを汲む
弘前大学が誕生。地元では「弘大」(ひろだい)。

県庁所在地にありながら国立大を設立できなかった
青森市民の落胆は、察するに余りあります。

弘大キャンパスは二つ。そう遠く離れてはいません。
本部がある文教町キャンパス。医学部がある本町キャンパス。

弘大でも農学が元気です。名前は農学生命科学部。
生物学科も揃えた本格的な陣容。

生物学科では生命現象の全体を対象とする幅広い研究が行われてます。
対象領域を広くすると、学生はややもすれば、自分が何をやってるか
分からなくなったりします。とはいえ、それは視野を
広く取った場合にどうしても生じる問題。

その問題を克服し、徐々に専門分野がクッキリしてくる時、
最初から対象を狭く絞って、まとまった場合より、
遥かに広い地平線と、高い専門性を獲得できます。

同じ学部には園芸農学科も。ここでは弘前・特産である
リンゴの品種改良が研究されてます。

弘前リンゴは全国のリンゴ生産量の二割を占める有名ブランド。
ブランド維持のためには、絶え間ない品種改良が不可欠。

また地域環境工学科では農学・工学の連携を模索。
卒業生からは農業土木・技術者になる人も多く、
地域に根づいた取り組みを行ってます。

医学部だけではない弘大。二つのキャンパスが近いことも大学の強み。
地方大には、四つや五つのキャンパスがバラバラになってる
情けないタコ足大学も、たくさん。

弘大は自らの強みをもっと自覚し、対外アピールし、
東北の覇を東北大と争うくらいの気概が必要でしょう。
その下地は十分に整ってます。

春の弘前城
Hirosaki Castle in spring

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ゆめラジオ

Author:ゆめラジオ
ユーチューブとリンク

リンク
最新記事
最新コメント
カテゴリ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学校・教育
128位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
塾・予備校
12位
アクセスランキングを見る>>
カレンダー
04 | 2021/05 | 06
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
検索フォーム
月別アーカイブ