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応天門の変

燃えさかる応天門は、さぞや京の人々を驚かせたでしょう。
その驚きも計算に入れての放火なら、かなり周到な計画が
練られたはず。その計画を練ったのは、藤原良房だったでしょうか?

藤原良房(ふじわらの よしふさ)は皇室の血筋でないにもかかわらず、
摂政になった初めての公家。嵯峨天皇の下、蔵人頭を務めた
藤原冬嗣の子。

応天門の変は、ややこしい経緯を辿ります。京の応天門が何者かに
よって放火され、焼け落ちました。最初、大納言・伴善男(ともの 
よしお)が源信(みなもとの まこと)を告発し、犯人と主張。

けれど証拠もなく、源信はやがて放免。しばらく経つと、今度は
あろうことか、最初に犯人を告発した伴善男こそ、真犯人という
声が上がりました。

しかも、伴善男にも証拠はなかったのですが、なぜか罪が認められ、
伴善男は流罪。藤原・北家にとって強力な政敵だった伴氏が失脚。

伴善男が真犯人だったかどうか、今も分かりません。けれど、
応天門の変で、最も得したのは良房。しかも、後から見れば、
まるで誰かが予めストーリーを書いたかのよう。今も良房の
関与が囁かれる事件です。

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