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後三年の役

十一世紀、奥州を支配した安倍氏が、清原氏に滅ぼされました。
前九年の役です。結果、奥州の覇権は清原氏に。

清原氏には三兄弟。実衡(さねひら)、清衡(きよひら)、家衡(いえひら)。
真ん中の清衡は、滅ぼされた安倍氏から清原氏の養子になった身。
清原氏の憐れみで、拾われた格好。

長子・実衡と末子・家衡は仲が悪く、この二人で家督も争われました。
清衡は、それを傍観。ところが長子・実衡が急死。この時点で、
それまで沈黙を守った清衡が、急に権力奪取に動きました。

奥州で力を持ってた源義家(みなもとの よしいえ)が、清衡に合力。
義家は前九年の役で、父親・頼義と組んで、安倍氏を卑劣な形で
滅ぼした自責の念がありました。今、安倍氏の血を引く清衡に
味方し、罪滅ぼしをしたと伝えられてます。

清原氏の跡目争いに関係ないと思われてた清衡が、
源氏棟梁の同心を得たことで、急に有利となりました。

慌てたのは末子・家衡。長兄・急死で、自動的に跡目が回ってくると
思ったら、今まで歯牙にもかけなかった次兄、しかも清原氏の
血を引かない清衡が、出てきたものだから、動転。

清衡と家衡の跡目争いは、大きな戦いとなり、「後三年の役」と
呼ばれるようになりました。戦いは終始、義家を味方につけた
清衡に有利。追い詰められた家衡は、人質に取った清衡の
妻子を館に閉じ込め、清衡の目前で、火を放ちました。

それでも清衡は譲歩せず、目前で妻子を殺されました。
安倍氏・再興を、心密かに誓って成長した清衡。妻子という犠牲を
払っても、権力を奪いかえす気持ちに、変わりありませんでした。

妻子を奪われ、失うものなくなった清衡に、家衡がかなうはずなく、
結局、兵糧攻めで家衡軍は瓦解。他家で雌伏した清衡が、
最終的に奥州の覇者となりました。

奥州の権力を握るやいなや、清衡は姓を「清原」から「藤原」に
戻しました。清衡の父親は、安倍氏と結んだ藤原常清。
父姓を復活させたわけです。

以降、百年続く奥州藤原氏の礎(いしずえ)が築かれました。
京にも劣らない豊かさと文化を誇った奥州藤原氏。
東北地方が最高に輝いた時代が始まりました。

水色
summer

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