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スノーデン事件

エドワード・スノーデンというCIA元・契約社員がCIAの違法な
諜報活動を香港で暴露しました。六月のことです。
彼は結果的にロシアへの亡命を果たしました。

このスノーデン。高校も卒業してない人物。恐らく一人で
コンピューターにのめりこんだオタク。けれどコンピューターを
扱う技量は天才的。その腕を買われてCIAに採用された模様。

とはいえ契約社員であっても、CIAに採用されるためには、
嘘発見器にかけられ、身辺調査も行われます。オタクだった
スノーデンには、つくべきウソも、摘発されるべき反体制的な
交友関係もなかったのでしょう。

ところがCIAに勤務してるうちに、他人の通信を覘き見する
仕事に嫌気がさし、今回の暴露に及びました。諜報に関わる
事件だけに謎が多く、スノーデンが現在、ロシアで
どう暮らしてるのかも不明なままです。

ノルウェイの森
winter forest

フィリピンで活躍するオスプレイ

今月、フィリピンを直撃した台風三十号。
史上稀に見る強さの台風は、風速90mを超え、
被災者は数百万人に上ってます。

この惨状を前にして、沖縄からオスプレイが飛び立ち、
救援活動に従事。滑走路を必要としないオスプレイ。
現在のように陸路が塞がり、空港・滑走路が使えない状況で、
八面六臂の活躍。

しかもオスプレイ。ヘリコプターでなく輸送機ですから、
重いもの、かさばるものもドンドン運べます。
これが人道支援でなくて何でしょう。

沖縄でオスプレイ反対のデモをやってた人たちは今、
この光景を見て、どう思ってるのでしょうか?

冬のベンチ
winter bench

戸山の二年生

二学期・途中から戸山・二年生が塾に来始めました。
新宿教室です。力ある男子。途中から入ってきたのに、
クラスをリード。やはり男子が活躍しないと、
クラスは盛り上がりません。

彼も手応えを感じたよう。冬期講習にも参加するとか。
この冬、今までとは違う英語の世界に触れることでしょう。

冬の森
winter forest

アラウィ派

リビアでは今も政府軍と反政府軍の悲惨な内戦が続いてます。
八月にはアメリカによるアサド政権への軍事介入が検討されましたが、
イギリス下院などの反対により頓挫。戦闘状態は今も継続。

アサドの父親である初代・アサドの時代に、シリアでは
「アラウィ派」という宗派が実験を握りました。現・アサド政権も、
もちろんアラウィ派。アラウィ派はイスラム・シーア派の一派と
報道されてますが、キリスト教の流れも汲む土着宗教。

アラウィ派は初代・アサドの時代にシーア派に資金をつぎこみ、
それによってシーア派に入れてもらった経緯があります。
現在、シリア人口の12%。決して多数派ではありません。
シリアの多数派はイスラム・スンニ派。

アラウィ派、イスラム・スンニ派、そして13%ほどいるキリスト教徒が、
それぞれ他宗派を同じ国民と見ることはなく、それ故、
化学兵器の使用にも躊躇(ちゅうちょ)がありません。
ただし、今回、化学兵器を政府軍が使用したのか、
反政府軍が使用したのかは、まだ分かってません。

報道によると、アサド政権を応援してるのはロシア、中国。
けれどホンとの味方はイラン。そしてレバノンのヒズボラ、
パレスチナのハマス。彼らからの支援がある故に、
アサド政権は今も強気の姿勢です。

紅葉
red

国家安全保障会議

英語では"National Security Council"なので"NSC"。
日本の安全を決定する政府直属の会議。初代局長に谷内正太郎
(やち しょうたろう)の就任が内定。谷内はこれまで、
内閣官房参与として安倍内閣に外交アドバイスをしてきた人物。
今回のNSC局長就任で、その責任はさらに重くなります。

けれどNSC、一体、何の安全を決定する会議なんだろう?
そう思う人も多いのではないでしょうか。「安全」と言っても、
地震や自然災害からの安全ではありません。

NSCはズバリ「武力行使」の決定機関。この一点を大手メディアは、
ほとんど報道してません。戦前は武力行使を「統帥」(とうすい)と
呼んでましたから、NSCは統帥決定機関と言えるでしょう。

と言っても、戦前のような軍部復活、ということとは違うようです。
例えば、北朝鮮に拉致された日本人・被害者。彼らを救出しようと
しても、これまではそれを決定する機関がなく、
現在、私たちが見る悲劇につながりました。

北朝鮮のような国家から国民を救出するためには、ある程度の
武力を巻き込む作戦が必要。けれど内閣にも、警察にも、自衛隊にも、
そういうオペレーションを実行する権限がなく、日本はこれまで、
国際社会でなめられたまま。

日本国憲法に謳われてる「平和を愛する諸国民」など、
日本周辺のどこにもいないのですから、NSCのような機関は、
もっと早く設立されるべきでした。遅きに失したと言えるでしょう。

ちなみに初代局長に就任する谷内は元・外務次官。
現在、内閣法制局・長官を務める小松一郎も外務省・出身。
霞が関での外務省の地位がグッと上昇することになりました。

歩道
promenade

外語祭2013・タイ料理店

京王線・飛田給駅(とびたきゅう えき)北口を出ても何もありません。
澄み渡った秋空。透明な空気。第九十一回・外語祭が開かれると聞いて、
渋谷教室の授業前に行ってみました。

外語行きバスは二十分以上、待たねばなりません。タクシーに
乗りましょう。車は武蔵野の紅葉した郊外を走り抜けます。
五分ほどで外語の正門前。初めて来る府中・外語。

正門を入って右に八階建ての大きな研究棟。ここが外語のメイン。
左にグローバル・アゴラ。語劇はここでやってます。

歩いて行くと円形広場。なんと、ここで円を描くように各国料理店。
料理店など、てっきり教室でやってると思ってたのでビックリ。
インフォメーションでタイ料理店の場所を聞いて、
地図を見ながら歩いてると。

松本先生。

振り向けばタイ語科・一年生の女子。昨年の教え子。
やっぱり料理店にいたのですね。受験生の頃は一年間、休まず出席。
第一志望に合格。とはいえ、その後は音沙汰なし。

どうしてるのかな、と思ってました。けれど外語祭。
ここで出会ったわけだから、外語を案内してもらいましょう。
彼女も、ちょうど料理店を抜けられる時間。

円形広場から模擬店通り。各サークルが出店。いろんなものを
売ってます。日本酒まで。そしてグラウンド、研究棟。
外語のことを話しながら、私たちは再び、円形広場。
もう渋谷教室に行く時間が近づいてます。

大学生になっても、あどけなさの残る彼女。けれど、外語のことを
楽しそうに話してきます。きっと新鮮なことばかりなのでしょう。
その姿は眩しいばかり。そんな彼女の受験勉強を少しでも
応援できたこと、誇らしく思ってもいいのかもしれない。
そう思えた秋の午後でした。

麦
wheat

南京大虐殺の大嘘

昭和十二年・七月に発生した盧溝橋事件(ろこうきょう じけん)。
北京で日中・両軍が衝突し、戦争に発展。最初の銃弾を撃ち込んだのが、
どちらなのか、今だ確かめることはできません。

宣戦布告なく「支那事変」と呼ばれました。第一次・近衛内閣が
発足した直後。内閣は「不拡大方針」を発表しますが、現地軍が暴走。
事変は拡大し、帝国陸軍は十二年末、中華民国・首都、南京に迫りました。
司令官は陸軍大将・松井岩根(まつい いわね)。

帝国陸軍は首都・南京を攻略せず、講和に持ち込むべきでしたが、
南京に侵入。軍人・民間人を問わず、数十万人が帝国陸軍に虐殺された、
と中国は主張。日本もそれを受け入れて「南京事件」とか
「南京大虐殺」とか呼んできました。

とはいえ南京事件は昭和十二年に発生したはずなのに、
本格的に話題になったのは戦後の極東軍事裁判から。
そこで中国が出してきた主張に日本人・被告は唖然。
初めて聞く話ばかりでした。

松井大将の証言に注目が集まります。けれど、その映像にはアメリカの
検閲がかかってて、今だ見ることはできません。証言者という人物も
何名か呼ばれましたが、全て伝聞情報。自分で大虐殺を目撃した、
という証言は皆無。結局、連合国による一方的・断罪で裁判は終了。
南京事件が認められてしまいました。

1970年代、今度は日本人が南京事件を大々的に報道。
先頭を切ったのは本多勝一(ほんだ かついち)。

大手メディア記者だった本多は「中国の旅」という著作で支那事変・
以降の帝国陸軍の蛮行をつぶさに描写。南京事件を広めました。
いつしか本多の文章は国語の教科書に掲載されるまでに。

本多に続いて森村誠一(もりむら せいいち)が「悪魔の飽食」を発表。
七三一部隊の人体実験を告発。本多、森村の著作を日本の教職員が読み、
それを学校教育で伝える形で、南京事件は既成事実に。

1980年代からは中韓が「教科書論争」を起こし、日本の教科書に
日本軍の蛮行を書くよう主張し始め、南京事件はさらに強く浸透。
決定打となったのは、アメリカ人・作家アイリス・チャンが
1997年(平成9年)に発表した「ザ・レイプ・オブ・南京」。

この本によって、ボンヤリ広まってた南京事件が世界中に拡散。
南京事件などなかった、と言えない状況を作り出しました。
ちなみに作家チャンはその後、謎の自死を遂げてます。
南京事件の被害者数はドンドン増えていき、現在では
三十万人とも四十万人とも。

とはいえ南京事件など、全くの捏造。引き合いに出される写真も
偽物ばかり。冬なのに夏服。人物の大きさが不揃い。人物の影も
バラバラ。まともな証拠写真は一つもありません。

しかも残酷な写真の多くは、中国軍が日本人・居留民に行った蛮行を
日本軍の所業と称して掲載してる場合がほとんど。このような
プロパガンダに免疫のない日本人は、簡単に信じこんで
しまいましたが、捏造であることに変わりありません。

アメリカ人が大東亜戦争・末期に落とした二発の原爆。
その非道は完全に国際条約・違反。それを覆い隠すために
デッチ上げたのが、実は南京事件。中国がこのデッチ上げに
飛びついたことは言うまでもありません。

数十年に亘り、反日・日本人によって教育されてきた南京事件。
死体の目をくりぬき、腸を引き出す写真は中国ではよくあることですが、
日本にそんな風習はありません。南京大虐殺・記念館に展示され、
さまざまな本に掲載されてる写真は、まさに中国の風習。

しかも、そんな記念館を、痛ましい顔して訪問する日本の元首相たち。
今後の若者に、こんな捏造教育を許してはなりません。しかも今になって
ようやく捏造認識が次第に広がり始め、遅きに失したとはいえ、
教科書・記述を変更しようという動きも出始めました。

中韓の醜い反日運動は、彼ら自身の姿でもあります。しかも
それを背後からサポートするアメリカの影。その構図に、
多くの日本人が気づき始め、疑問を持ち始めてます。
この動きはもう止められないでしょう。

困るのは、今までウソばかりつき続けてきた中韓。
日本人は彼らの狼狽を静かに見てればいいだけのことです。

青
blue

西高校(6)

今年、私のクラスに西高生は少なく、男子、女子が一名ずつ。
二人とも新宿教室で受けてます。毎年、西高生は最終的に
五名くらいにはなりますから、今年は少ない年度。

とはいえ二人とも休まず出席。男子は三年生・一学期から。
女子は二年生から。塾にもスッカリ慣れてきました。

西高と言えば、日比谷と並んで、都立でも東大・合格者を
多数輩出する名門。けれど今年の二人は私大でいい、
と思って来塾。

私大の場合、科目が少ない分、余裕ある受験勉強。
焦る必要もありません。さあ、あともう少し。
落ち着いて過ごしましょう。

秋の鳥
autumn bird

駒東の二年生(2)

渋谷教室の帰り道、東急・田園都市線。教え子の駒東生が同じ路線に。
聞けば最寄駅は宮前平。鷺沼で降りる私と、ほとんど同じ区間。
駒東のことを聞くいいチャンスです。いろいろ聞いてみました。

駒東生にとって一番のイベントは修学旅行。毎年十月です。
場所選定から旅行コンセプトまで生徒が決定。行きたい場所について
意見ある生徒がみんなの前でプレゼンテーション。それを聞いた後、
全員による投票。複数の場所に決まるとか。ちなみに今年は、
タイと北海道。彼は北海道に行ったようです。

ファーム・ステイ、やりましたよ。

嬉しそうに話してくれました。札幌の観光スポットを巡るだけの
旅行ではなかったようです。計画から自分たちで決めた旅行。
ガイドに先導されるツアーとは、わけが違います。

修学旅行の計画から実行まで、一年ほど。駒東生の気合いを
見るようです。とはいえ文化祭、修学旅行も終わり、これからは
本格的な受験。北海道の想い出を胸にガンバってくれるでしょう。

秋
travel

国債の内訳

九月末の国債発行残高は普通国債727兆8241億円。財務省は、
普通国債を「公債」と呼んでます。一般的には、公債に財投債を加えた
839兆6096億円が「国債」ですから、日本国債の発行残高は、
九月末で約840兆円。

これに政府短期証券116兆9683億円。そして借入金54兆6007億円を
加えれば1000兆円を超えます。今年度末に1100兆円を上回る予定。

国際的に「政府債務」と言った場合、地方自治体も含めることが多く、
これが約200兆円ほどありますから、実質、日本の政府債務は
約1300兆円。この数字は心に留めておいた方がいいでしょう。

秋
late autumn

ネット右翼

「ネトウヨ」と呼ばれます。インターネットで情報を収集・
交換しながら、右翼的な言説を語る若者を指す言葉。

十年ほど前まで、インターネットに没頭する若者は「オタク」と
みなされました。そんなオタクを描いた小説「電車男」。
ドラマにもなりました。

主人公の電車男は最後にホンとの恋を見つけた後、インターネットを
「卒業」します。インターネットは、オタク男が現実に
立ち向かい始めた時、卒業すべき対象でした。

ところが十年経って様変わり。ネトウヨは今やオタクでも負け組でもなく、
学歴あり、収入高い者が圧倒的に多い世界。彼らがインターネットに参入。

今、普通に生きてれば中韓の常軌を逸した反日運動は、狂ってるとしか
思えないでしょう。中韓の愚かな主張を、そのまま伝える大手メディア。
頭の良い若者ほど、新聞やテレビだけ見てればバカになる、と思うはず。

彼らがインターネットに活路を見出し、まっとうな中韓批判を見出して
納得するのも当然。そのまっとうな理解が「右翼」と称されたため、
「ネット右翼」という言葉になりました。

ネトウヨは右翼でも何でもなく、ホンとのことを知ろうとする
若者のこと。彼らの動向が今後の日本を決定するでしょう。

今まで嘘ばかり書いてきたテレビ・新聞は、近いうちに淘汰。
日本人のくせに反日運動をリードしてきた大手メディア。
こんなものは潰れて当然です。

紅葉
beauty

減反政策、廃止へ

1970年代から実行されてきた「減反政策」豊作になると、米価が下がるから、
作らないと補助金を出すという奇妙な政策。農地だけ所有して、
何もしなければ補助金をもらえるわけですから、農家も
「ヘンだなあ」と思いながら、お金だけもらってました。

やがて減反政策は利権化し、農村部に票田を持つ自民党・政治家の間では、
減反政策の話題はタブー。作らなければお金がもらえる原理について
誰もがオカシイと思いながら、何も言えない状況が続いてました。

そこに安倍内閣。五年で減反政策をやめる、と発表しました。
背景にTPPがあることは間違いないでしょう。

TPP議論はおくとしても、減反政策は廃止すべきです。作らないと
補助金を出すという形式で守ろうとするから、日本の農業は今だ
産業として成立しないまま。減反政策の廃止によって、どうすれば
農業を利益の上がる産業にできるかが真剣に議論されるでしょう。

とはいえ今回の決定。自民党にとって農村部の集票に影響しない
のでしょうか? それとも、この決定は農家にも受け入れられると
踏んでのことでしょうか? もう少し調べてみる必要があります。

夕日
sunset

マンデル・フレミング法則(2)

今から十五年ほど前の1990年代後半。小渕内閣で大幅な財政出動が
実行されました。小渕・元首相は「世界一の借金王」と自嘲。
とはいえ景気は全く良くならず、国債発行残高だけが
積み上がりました。

当時を考える時、マンデル・フレミング法則は有効でしょう。
以前の記事でも取り上げましたが、マンデル・フレミング法則は、
「変動相場制では財政出動より金融緩和の方が効果的、しかも
金融緩和と同時に、財政出動を行えばベスト」という法則。

小渕内閣では、やたら財政出動だけが実行され、市場に出回るはずの
資金は預貯金として退蔵され、円高は進み、デフレが日本を覆いました。
財政出動と同時に、金融緩和し、円安誘導、インフレ誘導をしてれば、
あの時点でデフレ脱却し、日本が成長局面に向かった可能性が大。

実は小渕内閣。金融政策も実行したかったのですが、インフレを極度に
嫌う日銀が緩和政策は拒否。折しも、一つ前の橋本内閣で日銀法が
改正され、日銀の独立性が強められたばかり。金融政策について、
小渕内閣にできることはほとんどありませんでした。

紅葉
late autumn

国債の限界(2)

日本の国債発行残高は九月末の時点で八百四十兆円。これに
政府短期証券や借入金など、他の政府債務を合わせると、
軽く一千兆円を超えます。財務省・試算では今年度末に
一千百兆円を上回る予定とか。

一体、政府債務はどこまで増やすことができるのでしょうか?
GDPの二倍とか、民間の預貯金総額とか、これまで言われて
きましたが、どれも外れ。今まで財政破綻を主張してきた
エコノミストは、みんな赤っ恥。

政府が公債を自国通貨建てで発行し、中央銀行にそれを買い取る
権限があるなら、公債は無制限に発行できる。公債の限界について、
どうやら、これが正解のようです。つまり、自国通貨建てで
公債発行してる国にデフォルトなどあり得ない、ということ。

南欧諸国がデフォルト危機に見舞われてるのも、自国で発行できない
ユーロ建てで公債を発行してきたからです。日本やアメリカは、
そうではありません。いざとなったら刷ればいいのです。

もちろんこんなことをすればインフレになりますから、
これが公債発行を抑止。しかし今の日本は完全にデフレ。
アメリカだってデフレ気味。公債発行に限界などありません。

収入範囲内で支出する。個人も、企業も、国家も、これができるなら、
それに超したことはありません。野放図な財政規律は、
人の心を堕落させます。

アメリカ共和党の「茶会党」(ティ・パーティー)が債務上限の
引き上げに反対し、金本位制を主張してる理由も、ここにあります。
私も彼らの演説を聞いてると、堅実な政策だと膝を打つほど。

とはいえ経済主体として個人、企業は脆弱。国家には彼らを助ける
役割もあります。個人、企業が疲弊してるなら、国家が借金して
世の中に資金を循環させることも政策の一つ。ケインズ政策ですね。

公債残高よりも、経済全体が成長してるかどうかが、大切なこと。
例えば大東亜戦争時、大日本帝国は数千億円の公債発行。
当時は天文学的な額に思えたはずです。日本は戦後の
新円切り替えで、何とかチャラにしました。

とはいえ今、数千億円の公債が何でしょう? そう言えるのは、
日本経済が発展し、所得も物価も上昇し、大きく見えた公債残高が
実質的に下がっていったから。そう。大切なことは
公債残高でなく経済成長。

そう考えるなら、今回の消費税・増税がいかに愚策であるか
分かろうというもの。そして、公債残高をやたら強調して、
政治家、国民を増税へとミスリードする財務省の罪が
いかに深いかということも。

秋の月
November moon

橋本内閣での消費税・増税

平成八年に登場した橋本内閣。財務省の主導で消費税・増税を決定。
3%から5%への増税で、景気が一気に冷えこみます。橋本内閣は当初、
平成九年に約九兆円の増収を見込んでましたが、結果は四兆円の減収。
増税による減収という最悪の結果に。

もちろん務省は平成九年に起きたアジア通貨危機が減収の原因と
言ってますが、平成九年、四月から既に税は大幅に減少。夏に起きた
アジア通貨危機は直接の原因ではありません。

同じことが来年、起きると予想されます。増税が実施される四月から、
国の税収は減少。もちろん景気も下がります。株価は予め織り込んだ形で
推移しますから、今年末、遅くとも来年初頭には下がり始めるでしょう。
今は駆け込み需要の期待で、何とか持ちこたえてる状態です。

秋
autumn

クラウディング・アウト理論

英語の"crowd out"という動詞には「押しのける」という意味が
あります。経済学でこの言葉を使った場合、ある分野で
強者が弱者を駆逐することを指します。

主に金利について使われ、国債が大量発行された場合、利回りが上昇し、
他の投資ができなくなり、景気を冷ますという意味で使われます。
国債を大量発行すると「クラウディング・アウト」が起きますよ、
というのは、そういうことです。

とはいえクラウディング・アウト理論。暗黙の前提としてることが
あります。それはインフレ。需要が供給を上回りがちなインフレ時、
確かに金利が上昇すれば、クラウディング・アウトが起きます。

けれどデフレ時、いくら国債発行しても「流動性のわな」によって
金利が上昇せず、国債発行残高だけが積み上がります。今の日本こそ、
この状態。クラウディング・アウト理論があてはまらず、
国債発行や利回りが景気を左右しない状況。

この状況を脱却するためには、何よりもインフレにすること。
アベノミクスの最初の目標が「デフレ脱却」だったことは、
それ故、実に正しい政策でした。私を含め、エコノミストが
「今度こそ」と期待したのもそのためです。

けれどデフレをさらに加速させる消費税・増税。失望が広がり、
アベノミクスへの評価が猛烈に下落。

国民はまだ気づいてません。安倍内閣の支持率は今だ七割。
けれど、来年四月が近づいてきたあたりから、ホンとの結果が
出始めるでしょう。株価は一万円を目指して下がり始め、
失業率が上昇します。投資家にできることはカラ売りだけ。
時期を見計らいましょう。焦ることはありません。

並木道
avenue

高野長英

私が心密かに「語学の師」と仰ぐのが高野長英(たかの ちょうえい)。
日本史では「蛮社の獄」(ばんしゃの ごく:1839年)で登場。

長英は1804年(文化元年)東北・水沢に生まれました。幼い頃より
頭脳明晰。一度聞いたことは、決して忘れない記憶力の持ち主。
その秀才ぶりは周囲の注目を集めます。

当時、西洋から輸入された蘭学が注目されてました。
道徳ばかりで役に立たない朱子学より、現実世界をキチンと
説明できる蘭学の方が遥かに魅力的に見えたわけです。

蘭学では機械を発明したり、病気を治したりできる。

若き長英が自分の進む道を蘭学と定めたのも、当然でした。
折しも長崎にシーボルトが来日。鳴滝塾を開いて、最新の
オランダ学を教授。その噂を聞いて、長英はいても立っても
いられません。周囲の反対を押し切って遊学を決意。
鳴滝塾の扉を叩きます。

鳴滝塾でも長英の優秀さは群を抜き、宇和島・出身の二宮敬作
(にのみや けいさく)とトップを争うほど。今も鳴滝塾に行けば、
長英がシーボルトに提出したオランダ語レポートが残ってます。

几帳面な文字で書かれたレポート。真摯な学問姿勢が窺えます。
とはいえシーボルト。「学問」と称してさまざまな情報収集。
弟子の長英から見ても、その行動は「学問」の域を超え
「国禁」に触れる恐れが明白でした。

二宮敬作と、その不安を語り合った長英。結局、鳴滝塾を
離れることを決意。数年後に「シーボルト事件」が発生し、
関係者が連座されるわけですから、この時の長英の判断は
正しかったことになります。

長英は江戸に出て町医者・蘭学者として自立。最新の学問を
修めた長英には弟子が集まります。弟子への教授を通して、
長英の語学力には、ますます磨きがかかりました。

教授だけではありません。蘭学を通して広く世界に目を向けた長英。
日本の海に列強の船が遊弋(ゆうよく)する状況に危機感を募らせます。
長英だけでなく当時、目が見えた蘭学者には、共通して
国防意識が芽生えてました。

彼らは結束して国防充実を訴える著作を発表。長英も「戊戌夢物語」
(ぼじゅつ ゆめものがたり)を著して海岸線防衛を説きました。
ところがこの動きが、南町奉行・鳥井耀蔵(とりい ようぞう)の
逆鱗に触れ、蘭学者たちが次々に逮捕。1839年(天保10年)。
世に言う「蛮社の獄」。

長英も小伝馬町の牢に閉じ込められました。同じ蘭学者の渡辺崋山
(わたなべ かざん)は自死。孤独な長英の前には
乱雑と異臭の牢風景が広がります。

こんな所で時間をムダにするわけにはいかない。

長英は脱獄を決意。牢屋番の少年に命じて火事を起こさせ、
その隙に逃亡。ここから長英の逃亡生活が始まります。
まず故郷の水沢に帰って母親に面会。事件のことも、
脱獄のことも言わずに水沢を後にします。

その後、幕府の追手を一瞬の差でかわしながら、四国・宇和島に到達。
そこには鳴滝塾の同門・二宮敬作が待ってました。

開明的な藩主・伊達宗城(だて むねなり)が治めてた宇和島。
その庇護のもと、長英はつかの間、安らぎを得ます。実は長英。
逃亡中も寸暇を惜しんで海岸線防衛に関するオランダ書を翻訳。
伊達宗城が長英をかくまったのも、その業績が耳に入ってたからでした。

ところが宇和島にも幕府の追手が迫ってきます。長英は敵中に
飛び込むつもりで江戸に帰還。沢三伯(さわ さんぱく)と変名。
町医者を始めます。とはいえ1850年(嘉永3年)幕府に見つかり、
その場で撲殺。逃亡生活は六年間に及びました。

JR宇和島駅から歩いて行ける川のほとりに、長英潜伏を表す碑が
立ってます。今では足を止める宇和島市民もいません。けれど、
ここで長英。海の向こうに思いを馳せながら翻訳に没頭。

一方、長英を撲殺した江戸幕府。三年後にペリーが現れ、驚愕。
急いでお台場を作り、海岸線防衛に着手。幕閣たちは慌てて、
禁書にしてた長英の翻訳をめくり始めます。

長英がもう二十年、遅く生まれてたら、新生・日本を背負う秀才として、
大きく羽ばたいたことでしょう。まさに運命と言わざるを得ません。
長英の切歯扼腕(せっしやくわん)が見えるようです。

語学から得た広い知識と視野。それを世間に役立てんと行動。
身の危険も顧みなかった長英。逃亡中すら、自ら課した翻訳を
次々に完成させ、伊達宗城や島津斉彬に届けた使命感。

これほどの手本を見せてくれた語学者は日本史上、
他にいません。まさに語学の傑物です。

高野長英
translater

桜田門事件

昭和七年一月、犬養内閣ができたばかりの頃。桜田門外で
昭和天皇が乗った馬車に爆弾が投げられ、爆発する事件が起きました。
「桜田門事件」と呼ばれます。爆弾は副車で爆発し、
昭和天皇に大事はありませんでした。

犯人は朝鮮人。彼は不敬罪で逮捕され、同年、処刑。
背景に大きな意志があったと思われますが、今となっては
分かりません。犬養内閣は動揺し、責任を取って辞職を
決定しますが、昭和天皇が慰留。内閣は続きます。

実はこの事件に先立つ大正十三年、皇太子(昭和天皇)が乗った
自動車が狙撃されるという事件が起きました「虎の門事件」です。
この時、第二次・山本内閣に辞職するよう迫ったのが犬養毅。

野党時代には内閣辞職を求めながら、自らの内閣で似た事件が
起きても辞職しなかったことを問い糺され、犬養首相は。

修練による心境の変化でございます。

追求した民政党議員も絶句。犬養内閣は存続します。ちなみに
この桜田門事件。中国・国民党の機関紙「民国日報」が
「不幸にして僅かに副車を炸く」と報道。

天皇が無事だったことを「不幸」と表現。満州事変後の緊迫した
国際情勢で、日中対立は決定的となりました。
すぐ後に第一次・上海事変が起きます。

竹
bamboo

焦土演説

昭和七年八月に外相・内田康哉(うちだ やすや)が行った演説。
前年に満州事変が起き、その後、満州国・建国。とはいえ満州国・承認を
巡って国際世論は紛糾。その状況で国会答弁に立った内田外相は。

たとえ国を焦土としても、この主張を徹する。

満州国を守ろうとする、政府としての固い決意を表しました。
けれど、この演説から十三年後の昭和二十年八月、日本はホンとに
「焦土」となるわけですから、この意味は重いでしょう。

明治・大正・昭和を通して何度も外相を務めた内田。しかし、
これといった業績はなく、この「焦土演説」で知られるのみ。
内田は数年後に亡くなりますが、もし長生きして焦土になった
日本を見たら、勇ましい自分の演説を心から恥じ入るでしょう。

結局、焦土演説が引き金となって日本は国際社会で孤立。
ジュネーブで開かれた国連総会で松岡洋右が脱退宣言をするのは、
翌年のことです。日本は破滅へと突き進みました。

秋
late autumn

はだしのゲン

漫画「はだしのゲン」の描写が残酷すぎるということで島根県・
松江市の教育委員会が図書館・開架にあった「はだしのゲン」を
書庫に入れる措置を取り、話題となりました。この措置は八月、
解除され「はだしのゲン」は再び開架に登場。

振り返れば「はだしのゲン」。典型的な反日漫画。日本軍は徹底的に
悪く描かれました。若者に死を強要する特攻隊・教官。
沖縄で集団自決を命令する陸軍軍人。

軍人だけではありません。戦場で手足をもがれて帰ってきた兵士に、
笑顔で日の丸を振る日本人。戦争反対を叫ぶ父親を村八分にして、
中岡家の麦畑を荒らす隣人。父親に「非国民め」とつぶやく
隣人たちの姿は悪魔そのもの。

一方「朴さん」という優しい朝鮮人が登場し、村八分の中岡家を
助けます。父親はゲンに「支那人、朝鮮人が日本人より劣等」
という考え方は間違ってると諭します。

とはいえ「はだしのゲン」。日本軍の所業として描かれた蛮行は、
通州事件などの中国軍の所業。1970年代に加速した反日プロパガンダ
そのままに、中国軍の蛮行を「日本軍の所業」として描写。もし今
「はだしのゲン」を問題にするのなら、描写の残酷性でなく、
こうした歴史認識についてでしょう。

戦争反対を叫ぶ父親に反抗して、海軍予科練に進むゲンの兄。
父親は兄の予科練進学に反対しながら、最後の最後で
兄の乗った列車に見送りに来て「万歳」を叫びます。

予科練への途中、兄が出会った特攻隊員たち。予科練に行くと聞いて、
兄を「ヒヨコ」と呼び、呑んだ勢いで「かたわにして戦争に
行けなくしてやる」と息巻きます。

けれど次第に心を開いて、大学での研究を語り出しました。
最後まで研究を続けたかった、とも。兄が予科練に向かう時、
「ヒヨコ・エール」を叫んで見送ります。

こうした涙こぼれるシーンに「はだしのゲン」の真骨頂を見ることが
できるでしょう。いくら反日をモチーフにしても、当時の日本人の
姿勢を描こうとすれば、どうしてもこうした描写となったのです。
大東亜戦争の日本人は今と違って必死で生きてました。

「はだしのゲン」はこれからも読み継がれるべきでしょう。
そこから日本軍の悪者イメージを読み取ろうと、命の本質に
向き合った哲学を読み取ろうと、それは読者の自由。
大切なのは、そうした自由が保証されてることです。

images.jpg
Barefoot Gen

天安門・爆破事件

先週、北京・天安門でメルセデスが広場に突っ込み、爆発するという
事件が発生。ウィグル・ナンバーの車にウィグルの旗が掲げられてた
ことから、中国政府は犯人はウィグル人と断定。けれど事件が起きてから
一日もしないうちに、現場からは証拠が全て撤去。
もう確かめようもありません。

旗を立てたウィグル・ナンバーのメルセデスが北京に来るまでには
何度もの検問を通過。車内には爆発用燃料も多量にあったと
いうことですから、引っ掛からないはずありません。

観光名所とはいえ天安門は中国政府にとって特別な場所。
簡単には近づけません。中国政府の発表をそのまま信じる人は、
中国人にもほとんどいないでしょう。

中国は陰謀と捏造の国。歴史を見れば、誰でも分かることです。
今回の事件も恐らくは陰謀の可能性が濃厚。
とはいえ真相は誰にも分かりません。

白
white

小泉・元首相が脱原発を主張

小泉純一郎・元首相が先月から突然「脱原発」を訴え始めました。
感情の機微を理解することが天才的にうまかった元首相。民意は今、
脱原発にあると察して行動に移したようです。その眼力は健在。

思えば元首相。在任中は原発推進・発言を繰り返してました。
なのに今、脱原発。その矛盾を聞かれて「人の意見は変わるものだ」
と反論。そして。

維新の志士たちも攘夷から開国に、意見を変えたじゃないか。

こう言われて言い返せる記者はいませんでした。次男・小泉進次郎。
毎月、被災地に足を運んで、状況を視察。その行動力は他の議員を圧倒。
もう十年ほどすれば、首相候補に推されてるでしょう。

今回の元首相の発言も進次郎が首相になるための地ならし、と見る向きも
あるようです。元首相の発言には、そんな遠望深慮があるのでしょうか?
今後も注目しましょう。

傘
umbrella

汚染水処理

福島原発の汚染水処理が一向に進みません。進まないどころか、
雨が降り、地下水が湧き出る度に、量がドンドン増えてます。
タンクをいくら作っても、全く足りません。いずれは海に破棄せざるを
得ないでしょう。世界から見れば、いい迷惑です。

何かがはがれたとか、タンクが傾いたなどの報道ばかり。
東電は問題解決能力を全くなくしてます。

災害大国の日本で、原発はムリだったようです。汚染水処理すら
まともに実行できないのに、除染に何千年もかかる廃棄物を
責任を持って処理することなど、できないでしょう。

大飯原発が定期検査のために停止してから、現在、稼働してる原発は
一基もありません。動かそうとしても地元の反発は必至。このまま、
なし崩し的に脱原発が達成される可能性も出てきました。

二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギーとして、震災前は脚光を
浴びてた原発。日本経済・復活のカギを握るとまで言われてました。
けれど信頼性は地に落ち、多くの人の故郷が失われました。

フルーツ
fruits

CIA、メルケル首相の携帯電話を傍受

ドイツ政府は、CIAがメルケル首相の携帯電話を1999年(平成7年)から
十年間に亘って傍受したと抗議。メルケル首相も個人的にオバマ大統領に
連絡。オバマ大統領は「自分は知らなかった」と返答。

「同盟国なのに、この扱いはヒドイ」とメルケル首相。とはいえ、
こんな抗議も恐らくヤラセ。各国首脳の携帯電話が傍受されてない方が
おかしいでしょう。しかも日本、ドイツはアメリカにとって、
第二次・世界大戦の敵国。七十年近く経っても、その状況は、
変わりません。日本の首脳にも似たような傍受が行われてるはず。

敵国かどうかに限らず、現在、携帯電話の傍受など当たり前。
個人にもそれは言えます。ホンとに大切なことは、
会って話すべきでしょう。

森
forest

ビスマルク

「鉄血宰相」と呼ばれたビスマルク。十九世紀・プロイセンを指導。
オーストリアと同盟してデンマークを叩き潰し、領土を広げます。

当時、プロイセンは小ドイツ主義を掲げ、ドイツ単独で
まとまろうとしてました。他民族を抱え、大ドイツ主義を掲げる
オーストリアと最初から反りが合うはずありません。
デンマーク戦争での同盟はあくまで戦略上のこと。

1866年(慶応2年)ビスマルクはデンマークと同盟を結び、
満を持してオーストリアとの「普墺戦争」(ふおう せんそう)に突入。
戦闘はプロイセンの圧倒的勝利。七週間で終結したことから
「七週間戦争」と呼ばれ、当事国が疲弊しませんでした。

短期終結した理由は首都ウィーンに攻め込まなかったこと。
首都をせん滅してしまったら、講和交渉の相手がいなくなります。
ビスマルクは既に次の戦争を考えてました。

プロイセンはオーストリアと講和交渉を結び、五年後の
1871年(明治4年)今度はオーストリアと同盟して
フランスと開戦。普仏戦争が始まりました。

かつての敵を同盟国にして、次の戦争を戦うスマルクの外交力は
まさに天才的。普仏戦争でも統制のとれたプロイセン軍は破竹の勢い。
フランス皇帝・ナポレオン三世が捕虜になるという結末で終結。
パリでは戦争責任を巡って「パリ・コミューン」が発生。

ビスマルク
leader

憲法調査で渡欧した時、ビスマルクに師事した伊藤博文。
日清戦争で、戦闘を有利に進めても、北京へは決して攻め込みません
でした。ビスマルクから、固く戒められたのでしょう。結果、
日本はそれほど疲弊することなく、近代化を推進。

同じ頃、板垣退助はあちこちの演説会で「北京攻略」を
訴えてたわけですから、自由民権運動の浅はかさと好戦性を
ここから見て取ることができるでしょう。

支那事変でも、帝国陸軍が南京にさえ攻め込まなければ
「南京事件」と称する言いがかりをつけられることも、
対米戦へ発展することもなかったでしょう。昭和の
官僚・軍人たちは先人から何も学びませんでした。

高平・ルート協定

明治四十一年に日米間で結ばれた協定。日本側では高平小五郎
(たかひら こごろう)駐米大使が取り仕切ったので、こう呼ばれます。
アメリカ代表者は国務長官エリフ・ルート。

三年前の明治三十八年に日露戦争が終結。東アジアでの日本の地位は
揺るぎないものになってました。とはいえ、それは当時、太平洋への
進出を企図してたアメリカとの衝突を意味します。

当然、両国間の協議が必要となり、その結果、結ばれた協定が
「高平・ルート協定」日本はアメリカのハワイ、フィリピン管理権を
認め、アメリカは日本の満州権益を認めました。

この協定によって、日露戦争後の日米間の紛争が予め解決されました。
ここに高平の先見の明を見てとることができます。大正・昭和に、
高平のような外交官が全く出なかったことが、
対米戦という悲劇を招きました。

六本木・飯倉にある外交資料館。二階に展示されてるポーツマス条約の
写真では、外相・小村寿太郎の脇で補佐する高平小五郎の姿が
写ってます。高平は高校・日本史ではほとんど出て来ませんが、
注目すべき外交官です。

カップ
cup

日本の長期金利

日本の長期金利は現在0.6%。歴史的な低さです。
利回りが低くても買いたい人が、それだけ多くいるということ。
日本国債について、誰もデフォルトするなどと思ってません。
消費税を上げなければ日本がデフォルトする、などと主張してる人は、
この長期金利を素直に見つめるべきでしょう。

もちろん一千兆円を超える公的債務は、いずれは増税でしか
返せないもの。とはいえ、今すぐ増税する必要がないことは、
長期金利を見れば分かります。もっと景気浮揚させて、
過熱感が出てきた頃に増税するのがベスト。

財務省・主導で決まった消費税・増税。半年くらい前から
政府内で出される文書のほとんどは、増税を前提とした内容。
その周到な準備を見て、政治家は抵抗できませんでした。
財務省の力をまざまざと見る思い。

増税されて困るのは国民。喜ぶのは権限拡大する財務省。
財務省は国債を「国の借金」と宣伝してますが、実際には
「政府の借金」国民からすれば銀行預金を媒介とした資産。
国債に関して国民は債権者であり、債務者ではありません。

低い長期金利は国債・安定度と同時に、経済成長への期待の薄さも
表してます。債券市場・参加者が、日本における今後の資金需要、
金利上昇を全く予想してないのです。

長期金利・低下は六月からのこと。六月と言えば、消費税・増税も
決まっておらず、アベノミクスが囃されてた頃。アベノミクスが唱える
景気回復が実体のないものだったことが、こんな数字からも分かります。

消費税・増税によって今、駆け込み需要が発生。株価が下がらないのも、
その理由によります。東京ウォーター・フロントでは今、マンションが
飛ぶように売れてるとか。この傾向は来年三月まで続きます。

そして四月からドーンと来る消費税の崖。私たちは投資家として、
冷静に対処しましょう。ピンチはチャンスともなります。

電話
telephone

TPPと安全保障

TPPで日本政府が「聖域」に定めた五品目。その中に砂糖原料が
あります。現在、沖縄の島嶼(とうしょ)で生産されてるサトウキビ。
もしTPPで関税撤廃されれば、全て廃業せざるを得なくなります。
オーストラリアと価格で勝負できるはずありません。

沖縄島嶼にサトウキビ以外、産業があるはずもなく、
島民は沖縄本島への移住をよぎなくされ、島は無人島に。
無人島の存在が安全保障にとってどれほど痛手であるかは、
尖閣諸島や竹島を巡るイザコザを見てれば分かるでしょう。

そう。島嶼でのサトウキビ栽培は安全保障と直結。市場原理を
持ち込む分野ではありません。しかも、こうした状況は
日本特有のもの。いちいち他国に説明する義務はありません。

TPPは、それぞれの国に固有の状況や歴史を一掃し、
規制緩和の後で市場原理を導入しようとするもの。お金儲けを
したい人には良いかもしれませんが、国家の基盤そのものが
揺らぐことになります。

幻
colors

為替の今後

金融緩和で円安が進み、四月には1ドル100円に到達。日銀はさらなる緩和を
発表してましたから、私も110円くらいまでいくだろうと予想。
このブログでも、そう書きました。

ところが100円を超えたあたりで円安はストップ。現在は98.60円。
下がりませんでしたが、上がりもしませんでした。

円安ストップと同時に株高もストップ。日経平均は1万5000円を超えたところで
頭打ち。底値が1万4000円ほどで、その間を行ったり来たり。十月に
消費税・増税が決定されましたから、直近で1万5000円を
超えることはないでしょう。

今後の為替は読みにくいのが現状。円安ストップの原因が今一つハッキリ
しないからです。さまざまな情報が出てますが、どれも確証はありません。
こういう時は、新たなトレンドが出るまで、じっとしてるのが一番。
今はFXをやる時ではありません。

花束
bouquet

インボイス方式

消費税を考える時「インボイス方式」は必ず話題になります。
けれど現在、日本で消費税はインボイス方式で徴収されてません。

インボイス方式とは、企業や商店が消費者から消費税を受け取った時、
そのまま用紙に記入する方式。徴収方法がより透明になります。
一方、日本では企業や商店が帳簿に付ける時に、消費税を記入。
この方法では、帳簿記入の際、ごまかしやすいのが現状。

インボイス方式ですら、ごまかしは可能。例えばギリシアでは、
商品を買っても、レジを通さず、レシートもくれないことが、
よくあるとか。インボイス方式で消費税をごまかそうとすれば、
こういう方法になるのですね。

増税が決定されてしまった消費税。今後、日本でも
インボイス方式がより話題になるでしょう。

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