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獨協高校

JR目白駅を東西に貫く目白通り。学習院大を通り過ぎ、やがて左に
日本女子大。すると、椿山荘(ちんざん そう)。椿山荘といえば、緑と水が
溢れる都会のオアシス。私も仕事に疲れた時など、よく泊りにきます。
元々は明治の元勲・山縣有朋(やまがた ありとも)が
私財を投じて建てた私邸。

椿山荘の前に獨協高校。中高一貫の男子校。白い校舎。大きなガラスから
日光がふんだんに降り注ぎ、「光と風と緑の創造空間」と学園は謳ってます。
1883年(明治16年)に設立された「ドイツ学協会学校」が前身。
「獨協」という名前もここに由来します。

初代校長は近代哲学の父、西周(にし あまね)。
ドイツ文化の日本への移植を目指しました。

思えば日本の近代学問は、ほぼ全てドイツ(プロシヤ)の学問を
学ぶことによって進展しました。それ故、ドイツ学協会学校の
果たす役割も絶大。

旧制・獨協中学の時代も、旧制・一高(現・東大教養部)への進学者数で
トップに立つこともありました。その後、府立中学(戦後は都立高校)の
躍進により、獨協の存在は霞(かす)み始めます。戦後、新制中学・
高校になった後も、この傾向は続きました。

塾には獨協大への推薦進学を考えない人たちが来ます。
私のクラスにも毎年一~二名の獨協生。

昨年も獨協生が一人、慶大・経に進学しました。合格報告に来た時の、
ウレしそうな顔を忘れることができません。今年も新宿教室で二学期から
一人の獨協生。休まず通ってます。先輩に続いてほしいですね。

ライ麦
rye bread

渋谷の読解クラス

金曜・二限の読解クラス。テロリズムに関する文章を読みました。
慶大・法の問題。志望者もたくさんいます。七分の四、五を取れた人も多く、
みんなも手応えを感じたことでしょう。受験ももう少し。
体調に気をつけて、全力を出し切りましょう。

秋
autumn

高二・冬の体験授業

まだ冬になってない日曜日の午後。渋谷教室で高二生・向けのイベント。
私は「長文読解」を担当。二年生にしては難しい内容。
でも二十名のクラス、みんな、キチンとついてきました。

恐らく冬期講習を意識してたことでしょう。確かに、
高二の今くらいから始めた方がいいよ。

紅葉
late autumn

聖心女子学院・高等科

白金台・三光坂(さんこう ざか)。かなり急な坂が南へ続きます。
上がっていくと「聖心女子学院」の看板が右に。長い正門までの道のり。
両側は住宅街。聖心に行くためだけの道が続きます。正門まで、
これだけ歩かねばならない学園は都内でもここだけ。
アーチ型の正門。聖心のシンボルです。

左にグラウンド、右にテニス・コート。緩い坂を上がると、
ソフィア・バラ・ホール。訪問した時、保護者会が行われてました。
中庭には母親がゾロゾロ。向こうに聖堂。聖堂では朝礼、学年ミサ、
卒業ミサなど、さまざまな行事が行われます。

世界各地にある「聖心会」。フランス革命直後の1800年。聖マグダレナ・
ソフィア・バラが設立したカトリック教団。バラは激動する時代、女子教育の
必要性に目覚め、女子のための聖心会を各地に設立。その聖心会を
母体として、1910年(明治43年)聖心女子学院は設立されました。

白金台の奥まった緑のキャンパスは上流家庭・女子の人気を集め、
聖心は「お嬢さま学校」のステータスを確立。その校訓は。

魂を育てる 知性を磨く 実行力を養う

一学年を百二十名に限定し、クラスも三つ。きめ細かな教育を目指します。
いまから六十年ほど前、日清製粉・社長を父にもつ正田美智子さんも、
ここで学び、そのまま聖心女子大に進学。

首席で卒業後、軽井沢で行われたテニス大会に参加。当時の皇太子殿下
(現・今上天皇)と知り合います。民間からの皇室への輿入れに反対する
声も多かったのですが、お二人の気持ちがそれを上回りました。

皇室に入ってからも、一挙手一投足を見つめられ、ちょっとした言葉遣いで、
揚げ足を取られた美智子・妃。皇室のさまざまな伝統について行けなかった
こともしばしば。けれどそんな時、陛下からの支えを頼りに公務を続けました。

結婚して数十年、天皇、皇后両陛下が記者団の質問に答えました。
記者の一人から天皇陛下に「美智子・妃のお働きについて、点数をつければ
何点でしょうか」という質問が出されました。ぶしつけな記者もいたものです。
すると陛下は。

努力賞をあげたいと思います。

その瞬間、美智子・妃の顔がパッと輝きました。
積年の苦労が報われた瞬間。

聖心に戻りましょう。カトリックの学校であることから、他大学に
進学する場合、イエズス会の上智が好まれます。
今春の進学実績でも上智へ十四名。

塾でも渋谷教室の二年生クラスに毎週、通ってる聖心生。
彼女も他大学・進学を目指しての来塾でしょう。私も応援します。

すすき
autumn

農工祭2012・野菜となめこ汁

よく晴れた秋の土曜日。五十四回目の農工祭が開かれるとあって、
行ってみました。京王線・府中駅。有名な欅(けやき)並木が北へ。

左に見えてくる都立・農業高校。横目に見ながら、歩けば、農工大・正門。
まず校舎・奥にある植物工場へ。ブルー・べりー栽培。日光量に合わせ、
ベルト・コンベアーが移動する最先端装置。数億円かかったとか。

南にある馬場(ばば)。馬にニンジンをあげることができます。
ニンジンを購入し、馬場に入りました。馬たちは喜んでニンジン。
と、その時。

あの、塾の先生じゃありませんか?
え?

飼育女子が話しかけてきました。頷くと。

獣医学科の二年生です。

夏期講習だけ、受けてたとか。それだと、なかなか覚えてられません。
やがて、正門のテント前に戻りました。「福島の農業の活性化を考える会」。
この「野菜となめこ汁」が美味との評判。もちろん無添加、無農薬。

午後には横浜教室の授業。もう行かなくてはなりません。
今秋の忘れられない一ページです。

にんじん
carrots

普連土学園高校

十七世紀のイギリス。市民革命の波が押し寄せました。保守的な
イギリス国教会による抑圧に、多くの人々が立ち上がります。
その一人がジョージ・フォツクス。彼は新しい時代に合った、
新しい教団の設立を決意。それが「フレンド派」。

日本では「友会派」(ゆうかい は)と呼ばれてます。フレンド派では、
全ての人に「神の種子」が宿っていると考え、互いの自由を尊重する
気風を唱えました。折しも、自由を求める市民の希望にも合致し、
フレンド派は徐々に勢力を拡大。

特に、アメリカのペンシルベニア州フィラデルフィアでは、住民の多くが
フレンド派。現在、フレンド派・本部もここ。そんなフレンド派の学校
「フレンズ・スクール」は世界各地にあります。日本では港区・三田の
普連土学園。

中高一貫の女子校。慶大・正門からすぐの場所。潮見坂(しおみ ざか)を
上っていくと校舎が見えてきます。正門を入ると緑色の運動場。それほど
広くなく、プールも見当たりません。玄関から校舎に入ってみましょう。
中は壁も床も木製。机も椅子も木製。

フレンド会派が自己節制と質素な生活を唱えたため、その気風はソックリ
普連土学園に受け継がれました。木製の机や椅子もその表れ。
普連土生からは「この椅子は痛い」という声も。

学園の設立は古く1887年(明治20年)。その頃からずっと三田にあります。
歴史、伝統では他の有名校に引けを取りません。けれど、母体である
フレンド派が日本でほとんど広がりを見せなかったため、
普連土学園にも地味なイメージが定着。

別名「クェーカー」とも呼ばれるフレンド派。その俗称が有利に働くことも、
なかったでしょう。校則は厳しく、生活態度にも教員の細かな視線が
注がれます。それを窮屈に感じる普連土生も少なからず。

でも学年が上がるに従って、その窮屈さのホンとの意味が分かってくる、
という声も。この点、普連土生でも意見が分かれるところでしょう。

進学実績では早慶にそれぞれ、十名前後。MARCHへの進学者が
多くなります。学園としても「大学のブランドにはこだわらない」と
言ってる以上、これはこれでいいのでしょう。

毎朝の礼拝や夥(おびただ)しい宗教行事。そして奉仕作業。普連土生には
多くの義務があります。けれどその義務を、ものともしない精神の持ち主なら、
普連土学園は心身を陶冶(とうや)してくれる、最高の学び舎でしょう。

銀杏
ginkgo

学習院・女子高等科(2)

金剛石もみかかすは 玉のひかりはそはさらむ
人もまなひてのちにこそ まことの徳はあらはるれ

渋谷駅前から池袋駅・東口への都営バスに乗ってみましょう。
緑のバスは原宿、千駄ヶ谷、東新宿を通り過ぎ、
「学習院女子大学前」の停留所に止まります。

降りると、通りの向かいに朱色の門。歴史を感じさせるこの門は、
1877年(明治10年)に学習院が設立された時のもの。それがここに
移されてきたとか。すぐ隣は、都立・戸山高校。

正門からは真っすぐな道。左には大学・校舎が続きます。やがて、
三角形の屋根を持つ大きなレンガ色の校舎。高等科女子の本館です。

入るとクリーム色の壁が続き、足を踏み入れただけで心が落ち着いて
きます。このような校舎デザインは、歴史と伝統の蓄積なしには不可能。

女子高等科は、学習院大、学習院女子大への進学が保証されていて、
ガツガツ勉強しようという雰囲気がなく、穏やかなキャンパスの中で
現実と隔絶された時間を過ごすことができます。

見渡せば、校舎はどれもレンガ色。歴史と伝統が前面に出てます。
皇族の方々が通われる学校ならば、これも当然でしょう。
秋篠宮殿下の次女・佳子さまも、今や高等科・三年生。
「佳子さまって、どんな感じ?」塾で聞いてみました。すると。

みんなと一緒ですよ。普通にドンキとか、行ったりするし。

国立大をはじめとする他大学への進学志望者が毎年、何人か塾に
やって来ます。今年も新宿教室に二人。襟(えり)に桜マークが
ありますからすぐに分かります。二人とも国立大を志望。

「金剛石」は昭憲・皇太后(明治天皇・皇后)が、お作りになった詩。
それが女子高等科の校歌となり、今に歌い継がれてます。落ち着いた
環境で六年間過ごしたいと思う女子にとっては、最高の環境でしょう。

水はうつはにしたかひて そのさまさまになりぬなり
人はましはる友により よきにあしきにうつるなり

おのれにまさるよき友を えらひもとめてもろともに
こころの駒にむちうちて まなひの道にすすめかし

淡花
sympathy

國學院高校

赤坂御用地の西には有名ないちょう並木。
並木の果てにはモダンな造りの聖徳記念絵画館。

ここには明治天皇の生涯がさまざまな絵画と共に描かれてます。
その中には、歴史を伝える有名なものもたくさん。

でも東京の観光スポットになっておらず、
ユックリ時間を過ごしたい人には最高の場所。

隣には国立競技場、神宮球場、秩父宮ラグビー場。
この抜群のロケーションに國學院高校はあります。
男女共学。國學院大の附属高校。

そのまま國學院大に推薦で進学する人も多いのですが、
他大学を目指す人も。塾に来てる國高生もそんな人たち。
今年も渋谷教室で男子が二人、新宿教室で女子が一人。

正門を入ると、すぐに目を引く五階建ての校舎。
玄関を入るとそこが受付。その後、学校見学。すると、
向こうから歩いて来る男子三人。そのうちの一人が。

あ、先生。なんでここに?
え? 見学に来てさ。

他の二人もキチンと挨拶。好印象。
校舎の向こうには運動場。けれど狭い。

テニス・コート六面分ほど。これでは大規模な体育祭はできません。
土地の広さに限界があったのでしょう。

大物OBとしてはシンガーソングライターの、さだ まさしがいます。
さだは國高在学中から音楽活動を始め、國學院大に進学するも中退。
プロとしての活動を始めます。

「グレープ」というバンドを結成。ボーカルを務めます。
グレープで発表した「精霊流し」(しょうろう ながし)が
大ヒットとなり一躍、有名に。

ソロになってからも「親父の一番長い日」
「防人の歌」(さきもりのうた)など
抒情溢れる曲を次々に発表。

「関白宣言」ではデキナイ男が新婚の妻に向けて
自分を「関白」とみなすように歌い、
ワーキング・ウーマンの顰蹙(ひんしゅく)を買いました。

とはいえ、さだ特有のユーモラスな歌詞と
軽快なメロディが調和し、男子からは逆に人気を博しました。

中でも、私のイチ押しは「道化師のソネット」。
ピエロの切ない心情を歌い上げます。

笑ってよ キミのために
笑ってよ ボクのために
きっと誰もが 同じ河のほとりを歩いている

私が中学生の頃、あるサーカスでピエロをしてた若者が
綱渡りの最中に落下し、死亡するという事件がありました。

まだ二十代だった彼。その人生を、さだが曲にしました。
後にこの事件は映画化され、さだが主役のピエロを演じました。
もちろん主題歌は「道化師のソネット」。

ピエロが揺れながら、足を滑らせるシーンに
胸を詰まらせた人も、多かったことでしょう。

さて國高。進学実績は早大・慶大にはそれぞれ十名前後。
どうしてもMARCHが多くなります。塾に来てる人たちも、
その限界を感じたに違いありません。

推薦入試という楽な道を捨てて、
自分の夢を達成しようとしてる國高生。
ガンバりましょう。

並木道
avenue

頌栄女子学院高校

JR五反田駅を貫いて走る桜田通り。国道一号線。白金の方に歩いて
いきましょう。地下鉄・一駅。歩けない距離でもありません。
坂を上がると、左に頌栄女子学院。中高一貫の女子校。
「頌栄」(しょうえい)と読みます。

「頌栄」は「神を讃える」という意味で、プロテスタントに基づく女子教育を
目指してます。設立は古く1884年(明治17年)。由緒ある学校。
正門から見える三階建ての校舎はレンガ色。瀟洒(しょうしゃ)な造り。
他の校舎へは緑の小径(こみち)。奥へ行けばいくほど、広がる感じ。

校舎は蔦(つた)に覆われ、緑一杯の環境。正門から見ただけでは、
ここまでの広がりを想像しにくいでしょう。まるでアメリカのような佇まい。
というより、都内で最もアメリカっぽい高校を探すとすれば、ここ頌栄。

校舎だけではありません。頌栄に入学してくる生徒の20%は帰国生。
学院内でも英語が飛び交います。もちろん英語の授業では一般生と
帰国生では違う授業。ところが六年も経つうちに、混ざり合って
一つになっていくとか。その過程で一般生も、帰国生から
英語の刺激を受けることになります。

結局、私大入試は文系であれ理系であれ、英語さえできれば、
なんとかなるわけですから、頌栄のこの環境は有利に働きます。
国立大にはほとんど合格できませんが、早大には百名前後の合格者。
一学年・二百名であることを考えると、健闘してる方でしょう。

白いシャツに水色のスカートが印象的な頌栄生。実は私、彼女たちとの
相性が、あまり良くありません。学期、学年の途中で
プイといなくなる人ばかり。

けれど今年、春期講習からずっとついてきてる頌栄生が一人。
恐らく冬期、直前講習にも来ることでしょう。国立大を目指してる彼女。
頌栄生に国立大・志望者は珍しく、それもあって私との相性も
悪くなかったのかもしれません。そんな彼女に聞いてみました。

頌栄、行ってよかった?
ええ。イジメもなかったし。

残りの受験期間、一緒にガンバりましょう。

ひこうき雲
blue sky

筑駒祭2012・LEAVING SCHOOL

緑溢れる都立・駒場野公園(こまばの こうえん)そこを抜けると
目の前に筑波大学附属駒場高校。略して「筑駒」(つくこま)。

その「筑駒祭」今年は足を運んでみました。正門を入ると、左には
収穫を終えた稲が干されてます。すると受付の生徒が。

あ、卒業生の方はこちらです。

なんと、いつの間にか私は筑駒・卒業生! けれど満更(まんざら)
でもありません。卒業生のフリして受付を済ませました。

「筑駒祭」と言えば演劇。私は中庭にはいり、右へ曲がりました。
校舎に入ると、そこには既に行列が。一年二組の"LEAVING SCHOOL"。
人気の演目。タイトルを訳せば「退学」会場に入ると、流れてるのは
尾崎豊の「卒業」これが既にストーリーの伏線だったとは。

不良の女子高生・岡本がバイク乗車を見つかり、退学に直面してる
シーン。彼女は「取り調べ」されることに。担当は女教師・石田。
けれど、取り調べが始まる前から岡本の退学は
職員会議で決定されてました。

取り調べは形だけのものでしかありません。最初は態度も悪かった岡本。
けれど石田と話すうちに、少しずつ心を開いていきます。教師の石田も、
岡本の話を聞いていく中で、どうも、バイク乗車の罪は濡れ衣(ぬれぎぬ)
ではないか、との思いに。石田は今まで一度も刃向ったことのない
職員会議で、岡本の無実を証明しようと決意。

アタシ、今度の職員会議で言ってみる。

すると岡本。

でも、そんなことしたら、先生の立場が。

そして始まった職員会議。石田の反逆は・・・女子がたくさん
出てくる演劇。筑駒生が女装して奮闘。その違和感もストーリーが
進むにつれて、失くなっていくからフシギ。秋の午後、
筑駒生のエネルギーに触れた一時間でした。

森の池
forest pond

青高の二年生(2)

渋谷教室の二年生。青高生が二人。男子と女子。男子は二学期から。
女子は夏休みに受けて二学期から。二人とも休まず来てます。
進学実績が上がりつつある青高。塾で二年生から
鍛えてもらえば大丈夫。

私はヒマな午後、青山通りを歩いてます。授業前の時間。秋の季節、
日差しが気持ちいい。そんな時、横を走っていく高校生の一群。
Tシャツを着て走ってますから、恐らく部活動でしょう。

どこの高校?

交差点で止まってる彼らに聞いてみました。すると。

青山です。

こんなトコを走れる青高生。羨ましいですね。

青
blue
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Author:ゆめラジオ
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