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海洋大に新学部!

東京海洋大・品川キャンパス。来年四月より、海洋資源環境学部を新設!
海洋環境科学科、海洋資源エネルギー科。特に海洋資源エネルギー科、
今後、日本の主要エネルギー源となるメタンハイドレード開発。
その先頭に立ちます。これは、スゴイ。

資源ない、ないと言われてきた日本。けれど、その近海には、実は
膨大なメタンハイドレード。天然ガスと同じエネルギー。今は眠ったまま。
眠ったままでなくても、海面上昇し、揮発するだけ。もったいない。

原発とめてる今、日本は電気需要の天然ガスだけで、
毎年、三兆円ほど支出。消費税1%分以上。

この世の中、どんなことにも利権からみます。日本に資源ないことが、
有利になる人、たくさん。このまま日本が海外から資源輸入を
続ける方が、有利になる人、国内外にゾロゾロ。

その利権のせいで、メタンハイドレード開発、不当に無視されてきました。
原発反対を叫ぶ人も、メタンハイドレードについては、ほとんど口に
しません。原発反対派が口にする代替エネルギーは、太陽光発電。
あるいは、風力発電。太陽光発電では、夜、発電できません。
風力発電では、お台場に一体、何基の風車、必要でしょうか。

メタンハイドレードこそ、最もフィージブル、採算とれるエネルギー。
海洋大が今回、その将来みこし、海洋資源エネルギー学科。
まことに未来を感じる話。

日本の大学、特に人文系に、ほとんど意味ありません。
老人教官、あるいは頭の死んでる教官のヒマつぶしに、
つきあわされるだけ。

東大、あるいは早慶の人文系で、今、どれほど社会に
有用な「研究」が行われてるでしょうか。

人文系だけでなく、文系学部は総じて、日本のお荷物。日本の富を
実質的に作りだしてるのは、昔も今も、理系頭脳。そして、
海洋資源開発は、数十年にわたり、ロボットと並び、
最も有望な分野。

しかも、海洋大、今のところ、それほど偏差値、高くない。
品川キャンパスなら、女子率も四割。これは、
考えてみる価値、ありそうです。

水
water

東大・経済学部の罪(2)

思えば、二年前・四月の消費税・増税。あれは罪つくりでした。結局、
アベノミクス失速も、あの増税のせい。それは、今、ふりかえって、
国民の大多数が、頷くことでしょう。

あの時、増税推進した東大・経済学部の教員たち。増税なくば、
長期金利は上昇し、国債は暴落、円の信認、地に墜ち、日本経済は
破綻・・・そんなことを「東大教授」の肩書を使い、メディアで主張。
その主張は、完全に外れました。

私たちは今、彼らを一人一人、もう一度、メディアに呼んで、あの時の
総括をすべきです。そして、彼らの言動が、もたらした厄災について、
再考させるべきです。

同窓の財務官僚の言葉そのままに、増税推進した愚か者たち。彼らは今、
増税による日本経済・失速を前に、知らん顔。そしらぬふりで日々の授業、
そして、教科書・執筆。

東大生とて、受験勉強だけで、社会に詳しくない者、たくさん。
教員の主張に疑いはさむ能力など、ほとんど、ありません。結果、
ポンコツ教員の地位安泰。

苦労して東大に押しこんだ教え子が、こんな雰囲気に
染まってゆくかと思うと、私は哀しい限り。

光
dawn

東大・経済学部の罪

あの時、みんな、嘘ついたね。

解散前、安倍首相は経済ブレーンの一人に、そっと漏らしました。
「あの時」というのは昨秋、消費税・増税を議論した頃。
メディアはこぞって増税賛成論を掲載しました。

消費税について、メディアに登場する東大・経済学部の教員たち。
彼らは判で押したように増税論者ばかり。昨年、5%から8%への増税を
議論した時も、影響はないと断言。その予想は大きく外れ、現在、
GDPは二期連続マイナス。海外からはリセッションとみなされてます。

現実から遊離した数式、モデルを使って無意味な論文を作り、
それによって大学に残れた経済学部・教員。無意味な論文を作るだけなら、
害もありませんが、世論に影響を与えるとなると、これは看過できません。

予想が外れても国会議員のように責任を取ることもありません。
国立大学という安定した場所で、財務官僚とはズブズブの関係。
そんな経済学部・教員は十五年ほど前から、全く同じメンバーで、
日本の財政は破綻すると言い続けてきました。

その予想は外れに外れ、破綻時期はドンドン後ろにずれてます。
今も性懲りもなく破綻を言い続ける経済学部・教員。
メディアに登場して増税の必要性を強調。

思えば、そもそも大学で教わる経済学で、現実世界を正確に描写、予想できる
理論など、ほとんどありません。海外では、ノーベル経済学賞を取った学者が
ファンドを立ち上げ、そのファンドがすぐに破綻、という笑えない話も。

「東大」という肩書に騙されてはなりません。メディアに登場する増税主張の
経済学部・教員たちをのさばらせてはなりません。彼らは自分たちの提言で、
経済が停滞しようが、国民生活が苦しくなろうが、知らん顔。

この面々をシッカリ覚え、次に外した時こそ、私たちはそれを非難すべきです。
経済学部・教員は財務官僚の御用学者、以外の何者でもありません。

冬の夜空
winter night

工大祭2014・CO2のフシギ

大岡山で開かれた工大祭。南実験棟・四の一階で大々的に開かれた
「化学工学への招待」。テーマを見ると。

CO2のフシギ プラズマ・パワーの魅力 流体のフシギ 蓄電池

中でも秀逸なのは教官自身が説明してくれる「CO2のフシギ」。
二酸化炭素は水に溶けやすい気体。アルカリ性のアミン液に通せば、
中和してよく溶けます。それを実演。

研究室は伊東・研究室。ここでは二酸化炭素・分離の方法を研究。
液体膜によるガス分離法まで展示。これはスゴイ。

二酸化炭素を吸収すれば、地球環境・負荷が減り、吸収したものを
温室に通せば、再利用も可能。二酸化炭素・分離は今すぐ社会で
役立つ技術。それを先生自ら、説明してくれるわけですから、さすが三類。
これまで優秀な教え子が、何名も進学していったのが頷けますね。

ケーキ
cake

五月祭2014・東大の農力

工学部キャンパスから農学部キャンパスまでは陸橋。
渡れば、校舎が三つほど。一号館に入ってみましょう。
入ってすぐ右に農学部の展示。テーマは「東大の農力」。

栽培学、作物学、遺伝子工学・・・

農学の最先端について、さまざまな視点からの研究発表。
遺伝子工学のコーナー。自然界で発生した変異作物の遺伝を解析。
変異の原因を突き止める研究。遺伝子解析にはコンピューターによる
計算が必要だとか。

そこまで聞けば、解析の結果、得られた遺伝子情報を、
今度は作物に応用できるのか、聞きたくなりますね。
いわゆる「遺伝子組み換え作物」。

説明してくれた東大・女子。遺伝子組み換えは、実は農学部の実習でも
やってるとのこと。けれど決められた土地で、許可をもらっての栽培。
その結果、成長した作物も、完全に焼却処分。
他へ広がらないよう、細心の注意。

日本ではまだ、遺伝子組み換え作物への規制は厳しいようです。
これは消費者保護の視点からは重要なこと。TPPの結果、アメリカの
基準を押し付けられ、遺伝子組み換え作物を強制的に食べさせられたり
すれば、たまったものではありません。けれど目の前の彼女。

ここ来る前は、私も抵抗あったんですけど、
作ってるうちに、抵抗なくなりましたね。

なんでも、作ってるうちに遺伝子組み換え作物にも、徐々に慣れてきたとか。
その倫理的な問題について、つっこみたいところですが、
まだ学部生の彼女。結論など出てはいないでしょう。
聞かない方がいいですね。

ケーキ
cake

五月祭2014・工学部・五号館

工学部・五号館では三つの学科が展示。応用化学科。化学生命工学科。
化学システム工学科。いずれも準備に時間をかけた展示。

光触媒、化学工学、キラル分子、ハイドロゲル・・・

例えば光触媒のコーナー。光(紫外線)を触媒として、水から水素を
取り出す試み。実現すれば「水素エネルギー」という夢のクリーン・
エネルギー。原発も必要なくなります。

とはいえ水が水素と酸素に分解する反応は本来、不利な反応。
自然には発生しません。そこで光触媒を使って反応を促そう、
となるのですが、いかんせん、装置コストが高く、今のところ、
実用化には至りません。

理論的には可能なはずなんです。

そう繰り返す東大・男子。未来を見つめてます。

そして化学工学のコーナー。これまで化学反応は、とにかく反応が
起きればいい、というノリでした。実験室でなら、それもいいかも
しれませんが、大規模に反応させる場合、話が違ってきます。

どんな量を、どんな速さで投入するか、の工程そのものが重要と
なってきました。この分野を「化学工学」と呼びます。

再生医療では、もはや化学工学を考えない実験は不可能だとか。
例えばiPS細胞を作製する場合でも、どうやれば最適に作製できるかを
考えるのが化学工学。分子が化学反応の主役とすれば、化学工学は舞台。

説明してくれた東大・男子。彼に、化学工学を使って、
STAP細胞の作製を最適化できないか、聞いてみました。
すると。

STAP細胞の存在そのものが、まだ証明されてませんから・・・

理系学生らしい答え。ちょっと変わった感じの東大生。
向こうもシンパシーを感じたのか、いろいろ話してきます。
聞けば三年生。まだ配属教室も決めてないとか。

それぞれのコーナーに、一人、二人の東大生が配属されて、説明を担当。
どのコーナーへ行っても、分かりやすく、丁寧。一昔前、理系学生は、
無口で話し下手などと言われてましたが、過去の話。

社会と積極的に関わろうとする彼らの姿勢は、
文系学生も学ぶべきものです。

五月
May

外語祭2013・タイ料理店

京王線・飛田給駅(とびたきゅう えき)北口を出ても何もありません。
澄み渡った秋空。透明な空気。第九十一回・外語祭が開かれると聞いて、
渋谷教室の授業前に行ってみました。

外語行きバスは二十分以上、待たねばなりません。タクシーに
乗りましょう。車は武蔵野の紅葉した郊外を走り抜けます。
五分ほどで外語の正門前。初めて来る府中・外語。

正門を入って右に八階建ての大きな研究棟。ここが外語のメイン。
左にグローバル・アゴラ。語劇はここでやってます。

歩いて行くと円形広場。なんと、ここで円を描くように各国料理店。
料理店など、てっきり教室でやってると思ってたのでビックリ。
インフォメーションでタイ料理店の場所を聞いて、
地図を見ながら歩いてると。

松本先生。

振り向けばタイ語科・一年生の女子。昨年の教え子。
やっぱり料理店にいたのですね。受験生の頃は一年間、休まず出席。
第一志望に合格。とはいえ、その後は音沙汰なし。

どうしてるのかな、と思ってました。けれど外語祭。
ここで出会ったわけだから、外語を案内してもらいましょう。
彼女も、ちょうど料理店を抜けられる時間。

円形広場から模擬店通り。各サークルが出店。いろんなものを
売ってます。日本酒まで。そしてグラウンド、研究棟。
外語のことを話しながら、私たちは再び、円形広場。
もう渋谷教室に行く時間が近づいてます。

大学生になっても、あどけなさの残る彼女。けれど、外語のことを
楽しそうに話してきます。きっと新鮮なことばかりなのでしょう。
その姿は眩しいばかり。そんな彼女の受験勉強を少しでも
応援できたこと、誇らしく思ってもいいのかもしれない。
そう思えた秋の午後でした。

麦
wheat

外語、日本史でも受験可能に

外語の二次試験は長い間、英語、世界史。ですが来年度・受験から、
日本史でも受験できるようになりました。二次試験に二科目しかない外語。
受験科目の少なさと、学生の薄っぺらさは比例。帰国生で、
少し世界史を勉強すれば、誰でも入れる大学。

中味ないことを、外国語でペラペラ話して喜ぶ女子学生ばかり。
それはグローバル競争とは何の関係もない、おままごと。
お嬢さんでは、どこに行っても通用しません。

現在の外語教員ライン・アップを見ても、語学で世界に伍していくことの、
ホンとの意味を教えてくれる者も全くいないようです。この点で、今、
引退時期の老人教員たちが、後継者作りの努力を、
全く怠ったことの咎めは大きい。

日本史・受験が可能になることで、外語の雰囲気も少しは変わるでしょう。
もっと言えば、英語、社会しかないのですから、外語は世界史、日本史の
両方を受験科目にすべき。そうすることで、幅があり、クセある学生が
集まってきます。

社会・二科目受験の準備をした東大・受験生が、東大を諦める時、
外語がそれなりの選択肢にもなるはず。男子学生の比率も増えていくでしょう。
いずれにせよ、外語は今のままでは全くグローバルに通用しません。
外語がグローバルに通用しないということは、存在意義に関わります。

真にグローバルな人材。それは日本人としてのアイデンティティを
シッカリ持ち、その上で外国人と互角に戦っていける者。語学力は、
あったにこしたことはありませんが、現場で苦労しながらでも学べるもの。
必須条件ではありません。

海外から帰ってきた帰国生。ペラペラ外国語を操る外語生。
そんな彼らの、その後。それが、どれほどパッとしないか、
社会全体で共有されるようになってきました。

外語を見る企業の目は、ますます厳しくなってます。
外語に行こうと思ってる人は、そこを見つめるべきでしょう。

金魚
goldfish

東大、秋入学・見送り

二年前、東大が大々的に発表した秋入学。今回、教授会の反対で
見送りとなりました。社会のさまざまな分野に波紋を投げた提言。
それが反故に。一体、どういうつもりでしょうか?

企業の社長が対外的に重要な発表をする場合、当たり前ですが、
事前に社内議論を繰り返し、まとめ、それから発表するはず。

ところが今回、総長の勇み足。事前の議論も、すり合わせも一切なく、
総長が独断で発表。教授会は世間と同じように狼狽し、
一も二もなく反対に。

東大と言えば、偏差値トップの大学。社会的評価も高いはず。なのに、
この体たらく。一般社会では、あり得ない事態。戦後、大学が過保護に
守られすぎた結果、こうなりました。実際、今、大学生なら、日本の大学が
どこもかしこも、いかに腐っていて、改革しようもない場所だと薄々、
気づいてるでしょう。

けれど教員、学生ともに、保身と怠慢から抜け出せず、時を過ごしました。
一般社会で、そんなことをしてれば、社会から取り残され、退場を
命じられますが、この市場原理が大学、特に有名大には働きません。

大失態の東大。でもよく考えてみれば、総長の勇み足も分からないわけでは
ありません。頑迷固陋(がんめい ころう)な教授たちを前に、議論、
すり合わせなどやってては、百年経っても改革はムリだと判断し、
独断で発表したのではないでしょうか? ある意味、捨て身で?

守られた場所は、居心地いいようでいて、人の進歩を止め、生きることを
妨げます。ホンとは、入学時期の議論より、東大を談論風発の魅力的な
場所にするためにはどうすればいいかを、教員、学生が一体で、
自分たちで考えるべきです。留学生の手助けなど、
借りる必要もありません。

その当たり前の議論をイヤがり、目前の雑事に奔走し、時間を潰して、
結局、何も得られない東大の教員、学生。今回、改めて日本の大学が
抱える問題の根深さが浮き彫りになりました。

緑
green

東工大・ものつくり教育研究・支援センター

東工大・入試では第一類から第七類まで。

第一類・・・理学
第二類・・・材料
第三類・・・応用化学
第四類・・・機械・制御・経営
第五類・・・電気・情報
第六類・・・建築・土木
第七類・・・生命

よく東工大チームがロボット作ってテレビに出てますが、それは四類。
理論だけでなく、ものづくりを奨励する東工大を代表する類。そんな東工大。
実は学内に「ものつくり教育研究・支援センター」。

中に入ると人力飛行機。手製のスピーカー。奥に加工場。
実際に材料を切ったり削ったりするための場所・工具。
テレビで見るロボットも、こんな場所で作られたのですね。

訪問した時にも、何人かの学生が加工作業に没頭。外人学生の姿まで。
訪問者には慣れてるのか、入っても、誰も気にしません。希望すれば、
加工作業に参加できるとのこと。開かれた東工大ならでは、ですが、
やめときました。偉業も、日頃の地道な作業があってこそ。
そのことをシッカリ教えてくれるセンターです。

鳥
bird

東工大・蔵前会館

大岡山駅・周辺は低い建物が多く、しかも看板が時代がかってて、
まるで昭和三十年代のよう。目黒線・沿線には意図的なのか、
このようなレトロな雰囲気。田園調布駅も、そんな感じ。

さて大岡山と言えば、東工大。線路の左にメイン・キャンパスが広がります。
けれど右にもキャンパスが。しかもその正面にガラス張りの明るい建物。
東工大・蔵前会館です。

東工大の前身、東京職工学校は関東大震災前、蔵前にありました。
設立は1881年(明治14年)。それにちなんで東工大の同窓会・組織は
「蔵前工業会」。その同窓会館として蔵前会館が建てられました。

ウレシイことに、この蔵前会館。東工大・関係者だけでなく、
地域に開かれてます。実際、乳母車を引く母親や、家族連れの姿も。
理系に特化した大学は、研究にのめり込むあまり、社会との接点を見失いがち。
それを十分に意識した、このオープン感覚。さすが東工大。

しかも蔵前会館。なんと二階には精養軒が出店。ランチ、ディナーを提供。
こういう何気ない配慮こそ、目に見えない形で大学生活、研究生活を
支えてくれるもの。東工大は、やはりイチ推しです。

春
spring

東工大・世界文明センター

久しぶりに東工大に行ってみました。普段は目黒線・車窓から
見るだけの東工大。キャンパスを歩いてると、小さな建物。
その名前がなんと「世界文明センター」。

こんな小さな建物で文明研究? しかも東工大で?

中に入ってみました。ガランとしてます。受付・女子が応対。
「文明」とは大げさですが、学生たちに芸術、人文に触れてほしいと、
2006年(平成18年)に設立されました。もう七年も前のこと。

東工大の学生向けに単位として認定される授業をしたり、
一般向けにセミナー、講演会を開いたり。ちなみに今は
「旧約聖書を読む」セミナー。

「理系の総合大学」を謳ってる東工大。けれど文系にも気を配ってるあたり、
大学運営の確かさを感じます。たとえ「文明」という名前が少々、
ハッタリだっとしても・・・

ピラミッド
civilization

農工祭2012・野菜となめこ汁

よく晴れた秋の土曜日。五十四回目の農工祭が開かれるとあって、
行ってみました。京王線・府中駅。有名な欅(けやき)並木が北へ。

左に見えてくる都立・農業高校。横目に見ながら、歩けば、農工大・正門。
まず校舎・奥にある植物工場へ。ブルー・べりー栽培。日光量に合わせ、
ベルト・コンベアーが移動する最先端装置。数億円かかったとか。

南にある馬場(ばば)。馬にニンジンをあげることができます。
ニンジンを購入し、馬場に入りました。馬たちは喜んでニンジン。
と、その時。

あの、塾の先生じゃありませんか?
え?

飼育女子が話しかけてきました。頷くと。

獣医学科の二年生です。

夏期講習だけ、受けてたとか。それだと、なかなか覚えてられません。
やがて、正門のテント前に戻りました。「福島の農業の活性化を考える会」。
この「野菜となめこ汁」が美味との評判。もちろん無添加、無農薬。

午後には横浜教室の授業。もう行かなくてはなりません。
今秋の忘れられない一ページです。

にんじん
carrots

東大ものづくり経営研究センター

東大・赤門を入って右にある経済学部。駒場では文Ⅱ。
昔は「ネコよりヒマな文Ⅱ」と言われ、勉強しなくても、
進級できる学部として有名。

著名な教授もいて、卒業生の活躍は日本社会で証明済みなのに、
肝心の授業は長い間、ほとんど機能しませんでした。時代遅れな
マルクス経済学が跋扈(ばっこ)し、現実と関係ない
「学問」がまかり通りました。

ただ、このことは東大に限らず、日本の大学の経済学部に
一般的に言えたことでもあります。実務に役立つ勉強ができず、
かといって最先端の理論に触れられるかというと、そうでもない。

しかも経済学そのものが世界的に行き詰ってます。1998年(平成10年)
二人のノーベル経済学賞・受賞者を擁した「ロング・ターム・キャピタル・
マネジメント」"LTCM"というヘッジ・ファンドが破綻。世界経済に大きな
衝撃を与えました。同時に、経済学の無効性を象徴する出来事に。

さて東大・経済学部。ここに来てようやく閉塞状況を打破しようと動き始め
ました。2003年(平成15年)経済学部に「ものづくり経営研究センター」を設立。
教員、院生に加えて、各企業で活躍してる東大OBが参加。センターの名前に
ひらがなを入れたあたり、東大では画期的。経済学部の姿勢も
窺えようというもの。

研究員は生産現場に向かいます。そこで効率改善の取り組みや品質向上の
ノウハウを研究。それを発表。その成果は「ディスカッション・ペーパー」として
HPで閲覧可能。開かれた討論を目指します。優れた生産システムには
共通点が多く、汎用性も高いのです。センター長を務めるのは
藤本隆宏(ふじもと たかひろ)。

世界に冠たる日本のものづくり。とはいえ、その地位が今、新興国によって
脅かされつつあります。さまざまな場所で培われた取り組みやノウハウを
テキスト化して共有できるようにしておくことは、何より重要。
センターの重要性は明らか。

現実に背を向け、理論や数字の世界に閉じこもってた東大・経済学部が
現実との真摯な対話へと舵を切ったわけですから、意味は大きいでしょう。

海
summer sea

東大、製薬会社と共同研究

東大・医科学研究所が製薬会社と共同研究することに。「個別化医療」の一環。
個別化医療とは患者の遺伝子の変異状態を検査し、それに基づいて
個々の患者に最適な医療を施すシステム。提携先は武田薬品工業。
そしてと第一三共。

武田には東大・医科研が持つ三十万の症例を提供。
第一三共とは抗ガン剤についての共同研究。

まずは武田。武田は関節リウマチなど免疫が正常に働かないせいで起こる
症例について、医科研が持つ三十万のデータを利用します。患者のDNAと
治療経過を突き合わせ、薬効についての詳細な検討を行う予定。
最適な投薬システムの構築を目指します。

一方の第一三共。ガンの診断・治療に使う医薬品について、
東大に研究提案を行う予定です。

製薬会社が大学にこうした提案を行うのはまれ。従来では大学が何かの発表をし、
それに対して製薬会社がアプローチするというパターンが一般的。

とはいえ製薬会社も厳しい国際競争を乗り切ろうと必死。
研究、開発の段階で大学と提携しないと、時代遅れになることを、
ヒシヒシと感じてます。その結果が今回の発表。

必死の製薬会社からパートナーに選ばれた東大。「東大」の名前だけで
選ばれたわけでは決してないでしょう。産学連携の見本のような
今回のニュース。東大の底力を窺わせますね。

夏
summer

東大、ボーイングと共同研究

金属、合金の製造や加工を専門にする研究者を擁する東大の
生産技術研究所(生産研)。この生産研がなんと、アメリカ・ボーイングと
航空機・製造技術について共同開発することに。ボーイングが
日本の大学と共同研究するのは初めて。

東大は三菱重工、川崎重工、富士重工と産学連携のコンソーシアムを作り、
研究に乗り出します。三年間は炭素繊維・複合材、チタン、アルミの
切削化工技術の向上を探ります。

切削時の摩擦熱による温度変化。その時の工具の摩耗度。

これらを解析。短時間で効率よく化工する技術を模索します。
ボーイングは世界中で共同研究をしてますが、日本では初めて。
日本の名だたるメーカーも参加してるあたり、マーケットから見ても
有望なのでしょう。どんな技術が出てくるか楽しみですね。

空
sky

東工大、環境技術に

東工大の研究が環境技術に応用されることになりました。
世界がよりクリーンな場所になるために、東工大の研究が役立つなら、
素晴らしいこと。玉浦裕(たまうら ひろし)教授のグループ。

太陽光を効率よく集める技術を開発。鏡の設置方法や動かし方を工夫。
従来の太陽光発電より、夏は約20%、冬は約50%多い発電に成功。
この技術をサウジアラビアと中国で使います。

サウジアラビアではこの発電を使って海水を淡水化するプラントを稼働。
投資額は二十億円。サウジアラビアの政府機関、日揮、
ササクラとの共同事業。

2015年には日産1万t規模の太陽光発電による水精製プラントを計画。
中国では天津市など九つの都市と連携。太陽光を使って石炭液化に
取り組みます。2015年には5000kwの実証プラントを稼働。
2020年には原発30基分の発電を目指します。

環境という最も大切な分野で世界から認められた東工大。
こういう発表があれば、大学全体も活気づくでしょう。

ベンチ
bench
東京工業大学

一橋の新カリキュラム

秋入学について一橋が新提案を発表。それによると、春に合格発表を行い、
秋に入学。現在は四年・八学期のところを七学期にして、春に卒業する制度。
この制度なら会計年度や国家試験とも矛盾せず、五年かからなくてすみます。

思えば一橋生。現行制度でも三年生までにほぼ全ての単位を修了し、
四年生では就活に専念。ですから七学期になっても、ほとんど変化なし。
しかも一橋。今回の提案ではギャップ・タームに大学が責任をもって
語学、思想、歴史、科学を担当するとのこと。
東大・提案より遥かに責任ある内容。

とはいえ、これではやはり現行の一般教養と何ら変わりません。
制度だけいじって大学の中味に関する議論なし。先日の東大・提案と、
この点で同じ。現在、大学が抱える問題点を浮き彫りにし、改善するために、
どうすべきかを教員、学生が一体となって考えること。

どうしてこれができないのでしょうか? 入学時期だけいじったって、
中味が変わらないと、どうしようもないのに?

ハッキリ言って、大学でも学生アンケートを導入するべきでしょう。
しょうもない授業しかできない教授たちにレッド・カード。

大学カリキュラムが時代に即応してるか、毎年チェックを入れていくべき。
「学問の自治」などという美名に耳を貸してはなりません。痛みを伴う
本気の改革でない限り、何をやっても、日本の大学、特に文系は、
デキル学生からますます見放されるでしょう。

青空と梅
ume
一橋大学

東大、秋入学を提案(2)

現在、東大が受け入れてる留学生は276名。全体の1.9%。
東大が送り出してる留学生はもっと少なく53名。全体の0.4%。

お世辞にも東大は国際化してるとは言えません。そんな状況を打破しようと
今回、東大は秋入学を提言しました。留学生の受け入れ・送り出しが
スムーズになるというわけです。一体、秋入学にしたら、
ホンとに東大に留学生が来るのでしょうか?

東大に限らず日本の大学の文系では、授業で対話、討論が行われる
ことはありません。学生がトコトン調べ、人前でプレゼンテーションし、
他者から評価してもらう場面もありません。あるのは海外からの情報移入。

海外にはこんな文学理論があるんだよ。
海外にはこんな経済理論があるんだよ。

法学部でも世界を新しく説明する解釈や理論を生み出す下地はありません。
日本の子供は高校卒業まで、自分の意見を人前で言わず、
教員が伝える知識を、黙って習得することを叩き込まれます。
日本社会のメンタリティも人前での発言を奨励しません。

そのメンタリティは大学生になっても変わらず、教員の話を一方的に
聞くことこそ、勉強と思う学生ばかり。ですから東大・文系は海外から見て
全く魅力ありません。日本の政治や文学に興味がある学生以外、
東大・文系に留学したいなどと誰も思わないでしょう。

ただ東大のために言えば、文系学部の不振は世界規模のものでも
あります。たとえば今、パリ・ソルボンヌに行ったからといって、
画期的な法解釈や経済理論が聞けるわけではありません。

世界的に哲学が袋小路にはまっていて、そこから抜け出せません。
哲学から派生する文系学部は、総じて行き詰ってます。

構造主義を土台とする記号論。この記号論が一時期、次世代の哲学に
なるかと思われました。ですがポスト構造主義により収縮。
ポスト構造主義はというと「近代」を否定する側面を持つため、
近代社会での展開があり得ず、今に至ってます。

東大に戻りましょう。東大の危機的状況は、今に始まったことではありません。
二十年ほど前、東大・駒場の閉塞状況に辟易(へきえき)し、何人もの教員が
東大を去りました。マスコミにも登場する著名な教授もいたので
当時、話題になりました。

マクロ経済学を専門とした西部進(にしべ すすむ)。
「学者 この喜劇的なるもの」を著し、駒場の実態を暴露。
現在は評論家として活躍。

新進気鋭の国際政治学者・舛添要一(ますぞえ よういち)。
「さらば 東大のアホどもよ」という記事を週刊誌に載せて退職。
現在は政治家として活躍。

もちろん、こんな状況を賢い高校生が見てないはずありません。
東大に行かず、海外の大学へ。あるいは東大に進学しても、
辞めて海外の大学へ。実はこれこそ、東大が最も恐れるケース。

東大は全学でシンポジウムを開くべきです。今の世界の知の状況。
そして東大の現状、問題点。今後、どうすればよくなるか。

その対話、討論を総長を含め、全教員の出席の下、学生参加で行い、
結果を大学運営に生かすべきです。大いに赤裸々な発言が飛び出すでしょう。

ソニーや日産の取締役会。会話は全て英語。メンバーたちは今後の
会社方針について激論。それが企業の行く末を決定。彼らは一体、
大学で、どういう素晴らしい教育を受けたのでしょうか?

ハッキリ言えば入社後の教育により、そうなってると言えます。
彼らの実務能力に、大学はほとんど関与してません。東大を含め、
日本の大学で「外国語によるディスカッション」などありません。

ネイティブの授業こそありますが、そんな授業でも学生は下を向いたまま。
当てられないように、と時間を過ごします。外語や上智といった
語学が使えそうな大学でも状況は変わりません。
メンタリティは同じ。情けない。

しかし一流企業に入社した学生は、入社後の教育でメンタリティを鍛え直され、
何年間かの海外駐在も経験しながら、外国語を操る真のエリートに変身。
マーケットの恐ろしさにも触れ、強靭な精神と素早い対応力を
身に付けていきます。

その意味では、日本の商社、メーカーのエリート社員への教育投資には、
語学教育を含め、目を見張るものがあります。一人の商社マンを
育てるのに数千万円ないしは一億円の教育投資がかかります。
その商社マンが将来、何十億・何百億という商談を海外で
取ってくるのですから十分にペイします。

海外からの情報移入という明治期のような姿勢では、グローバル社会で
生き残ってはいけません。東大の教員は新入生に今までと違う
メンタリティになることを叩き込むべきです。

1・今までの受動な勉強ではダメだということ。
2・課題は自分で主体的に見つけてくること。
3・課題をトコトン追求する地道な努力をすること。
4・成果を口頭、レポートの形で他者に披露すること。
5・中味について他者と忌憚なく討論すること。
6・これらを外国語(たいていは英語)で行える人になること。

メンタリティの変更は教員、学生双方に心の傷を伴います。
「今までの自分が壊される」「日本人でいられなくなるかも」そんな恐怖すら
味わうでしょう。これこそカルチャー・ショックではないでしょうか?

そう。海外に行かずとも東大でカルチャー・ショックは十分に可能。
それは留学生を増やして、彼らにやってもらうものではありません。

熱帯花
tropical flower
東大、秋入学を提案

東大、秋入学を提案

東大・懇談会が中間報告を発表し「できるだけ早いうちに秋入学にすべき」
という提言を出しました。東大によると秋入学は世界基準。現行の春入学では
留学生の受け入れ・送り出しに支障があるとのこと。秋入学にすれば、
国際交流が活発となり、大学の地位も上がるという話。

確かに東大の凋落はもう隠せません。東大・文系の場合、
昔のような就職でのメリットがもはやありません。
受験勉強がペイしないわけです。

東大・文系に行くより、しっかりした技術力を学べる地方の国立大・理系
(医学部を含め)に進学した方が遥かにお得。現に進学校では
完全に「理高文低」。この流れは止まりません。

東大が危機意識を持つのは正しいことですが、それを打破するために
「外圧」に頼ろうとするのも、情けない話ではあります。

今、東大を含め有名大に進学した人と話す機会があっても、
「留学したい」という人はほとんどいません。そう言ってるのは
外語や上智、あるいは私大・文系に進んだ女子ばかり。

留学の意味がほとんどないことを、若い知性はシッカリ分かってます。
しかもそれは、現在の世界的な知の状況からも言えること。

文系では人文科学がポスト構造主義の後「間主観性」の問題で
完全に行き詰まり、結局、十九世紀のニーチェすら超えられないまま。
新しい哲学が出て来ず、哲学に基づく法学も新理論を立てられません。

理系についても、日本があらかたのテクノロジーで世界をリードしてる今、
海外に行って何かを学ぶ必要がありません。留学したから、
何かあるというわけではないのです。

それ故、もし今、日本人が留学することに意味があるとしたら、
文系なら数式を扱う金融工学、財政学の分野。
理系なら医学、化学の基礎研究の分野。

それ以外の分野では、留学しても観光旅行とあまり変わらない成果しか
得られません。国際交流だけでなく、今回の提言には問題点がたくさん。
東大に合格した人は高校を卒業した後、秋入学まで何をするのでしょうか?

受験勉強をガンバってきた高校生が東大に合格した途端「これから半年間、
キミの課題をキミが見つけ、キミなりに取り組んでみろ」と言われ、
できるでしょうか? せいぜい旅行に行くか、バイトするか、遊ぶか。
東大・合格者の内面はそんなもの。現実を見るべきです。

この半年間を「ギャップ・ターム」とカッコよく呼んでますが、そんな時間を
作るのなら東大・教養部が責任をもって半年間のカリキュラムも提示すべき。
課題の見つけ方。行動の仕方。時間の使い方。一体、今のヘタレな
駒場・教員に、そんな気概があるでしょうか?

国際交流という外圧に頼らずとも、個性ある学生を創造することは十分に可能。
それは教壇に立つ教員が、自分の学問分野を絶えず現実世界と結び付け、
それを分かりやすい言葉、態度で学生に伝えていくこと。

そして教員が学生(場合によっては一般人)との対話、討論に進んで参加し、
答えは見つからなくても、対話、討論から次の糸口が発見できるようにすること。
そういう作業につきものの失敗、間違いを恥ずかしがらず、恐れないこと。

もしこれができれば、そんな教員を見本として、東大で生き生きした個性が
ドンドン花開くでしょう。そして今、駒場や本郷で全くそうなってないことが
問題なのです。授業、研究の中味を変えずに入学時期だけ変えても、
海外の学生に東大の魅力が高まったりはしません。留学メリットは
授業、研究の中味なのですから。

国家、企業の会計年度は春に始まり、高校までの学校も全て春に
始まってるのに、東大だけ秋に始めても混乱は避けられません。
今回の中間発表では数年以内の秋入学・移行を提言。これがホンとに
実行されたら、東大離れにますます拍車がかかることでしょう。

庭
garden
東京大学

首都大学東京

今から六年前の2005年(平成17年)に開学。それ以前は「東京都立大」。
都立大といえば東横線に都立大学駅。そう。
もともとは目黒・八雲にありました。

目黒の都立大が京王線・南大沢に移転したのが1991年(平成3年)。
今から二十年ほど前。この移転で力を使い果たしたのか、
その後の都立大は泣かず飛ばず。

都立大と言えば学部は大したことなくても、院が充実し、
他大学から多くの優秀な院生を集めてました。

東大・院に進みたくても、権威的な東大から締め出され、
都立大・院に来て、やっと研究者になれた人も多数。
「大学院大学」の先駆けだったわけです。

東大を出て都立大・院に進み、人類学で名を成した山口昌男
(やまぐち まさお)が代表例。山口ほどでなくても、都立大は
他大学・卒業生に門戸を開き、多くの研究者を輩出。

そんな都立大が石原・都知事のもと、2005年(平成17年)
「首都大学東京」に。現在の学部構成は。

都市教養学部 都市環境学部 システムデザイン学部
健康福祉学部

かつての法学部、人文学部、経済学部、理学部、工学部からは
考えられない構成。もちろん、これほどの変化がスムーズに行われるはず
ありません。首都大への移管にあたって、多くの有名教員が他大学に移籍。

けれど首都大のこの学部構成。冷静に眺めれば、どれも時代のニーズを
正しく反映。というか、これまでの学部構成が古くさかったのです。

出て行った教員についても、権力に抵抗したわけでも、
学問の自治を守ったわけでもありません。ただ時代に適応できず、
従来の自分でいられる場所を、他で探しただけ。

実際、彼らが再就職した先は私大の法学部、文学部。今までと同じことを
やり続けること明白。要するに時代遅れ。「都市環境学部」と聞いて、
どうしてワクワクしなかったのでしょうか?

たとえ自分の今までの専攻が仏文学だったとしても、それと都市とを
結び付ける研究など、いくらでもできます。ロラン・バルトが
「シーニュ(記号)の帝国」で示したごとく、東京という都市は
世界のどこよりも「記号論」(セミオロジー)の研究材料の宝庫。

思えば都立大。経済学部はマルクス経済学の牙城。
あるいは人文学部。英、仏、独の文学研究に優れてました。

けれどマルクス経済学にしても英、仏、独文学にしても、
現在の日本で何ら有効性を持たない時代遅れな学問。

それらをキレイさっぱり一掃し、都市論に特化した大学に
一新させたことは、文句なしに正しいもの。

今いる時代遅れな人たちがいなくなった後、首都大は都市論・
環境論を専門とする世界有数の大学になる可能性を秘めてます。
世界のどこを見渡してもそんな大学がほとんどないことから、
「世界有数」までは、ほんの少しの努力でよさそうです。

しかもそういう評判が立てば、各国の地方自治体が首都大へ
若き幹部候補生を留学させてくるようになるでしょう。
これこそ「東京都」が運営する首都大の面目躍如!

今は過渡期。有名教員がいなくなり、残ったのはボンクラばかり。
存在感では近くにあるサンリオ・ピューロランドに完全に負けてます。
しかし首都大。今後の努力しだいでは無限の未来も開けるでしょう。
都市の環境、人口動態、江戸の文化、観光マーケティング・・・
首都大の今後に期待しましょう。

サンリオ
Sanrio Puroland

東京海洋大学

昔は東京商船大学と東京水産大学。その二つが2003年(平成15年)に
くっついて東京海洋大学に。東京商船大学は海洋工学部、
東京水産大学は海洋科学部。

日本は海に囲まれた島国。国内に資源もないことより、外国との貿易なしには
何ひとつ始まらない国。そんな日本にとって海運は今も生命線。

自動車、家電を作っても、それを船で運んで行かねばなりません。
外国から資源、食料を買うにも船で持ってこなくてはなりません。

東京から蘇我まで伸びる京葉線。越中島駅(えっちゅうじま えき)。
目の前に海洋工学部。ここは昔の商船大。船に乗る人を養成。
航海士を養成する海事システム工学科。
機関士を養成する海洋電子機械工学科。
ユニークなのは流通情報科学科。

物資を目的地まで運ぶ方法を「ロジスティクス」(logistics)といいます。
「兵站」(へいたん)と訳され、軍事用語でした。ロジスティクスをシッカリ
管理するためには確率や線形代数を使った複雑な数式が必要。
それを学ぶ場所。東日本ではここだけ。

一方の海洋科学部。昔の水産大。水産資源を研究。羽田空港から
モノレールで浜松町へ行く時、左に見えてきます。天王洲アイルで
降りればすぐの場所。JR品川駅から歩いて行くことも。
海洋科学部には多彩な学科があります。

海洋環境学科 海洋生物資源学科 食品生産科学科
海洋政策文化学科

いちいち説明するまでもなく、今後の日本が必要としている研究ばかり。
昨日も福島・沖の水産資源に汚染が残ってると、海洋科学部のチームが発表。

これらの学部を卒業すれば就職先は引き手あまた!
海洋工学部を出れば商船会社、倉庫会社。
海洋科学部を出れば食品会社、環境関連会社。
まさに未来の分野。

それにもかかわらず海洋工学部の偏差値はなんと50!
海洋科学部の偏差値も56。外語の偏差値が69であることを
考えれば、あまりと言えば、あまりの受験界の仕打ち。
偏差値が全く実体を表してない好例。

言い方を変えれば、超お買い得大学。MARCHの工学部あたりで
平凡な研究やるくらいならいっそのこと、海の男として
練習船に乗り込む方がよっぽどカッコイイ!

このブログ見てる理系・男子、船長を目指してみないか?
上流婦人への挨拶の仕方まで教えてくれるはずです。

しかも「海の男」とか言いながら、海洋科学部(水産)では女子の割合が
増えてきて、半分には届きませんが、三割にはなってます。

しかも海洋大を出た卒業生の平均年収は、有名大にひけを取りません。
五十ある有名大のうち海洋大は偏差値では四十九番目。トホホ。
ですが平均年収では八百万円で十七位。これは魅力的。

六年ほど前、私はお茶の水教室での授業後、開成生に
呼び止められました。振り向くと、彼が話し始めました。

オレ、海洋大行きたいんだけど・・・

強力にプッシュしたことを覚えてます。その後、受験報告に来てはくれず、
進学したかどうかは不明。私の教え子で海洋大を志望したのは今も、
彼ただ一人。どうしてるでしょうか。

港
harbor

東京医科歯科大学

JRお茶の水駅を出て、湯島の方を見れば、ドーンとオレンジ色の建物。
東京医科歯科大学。戦前は東京高等歯科医学校。

偏差値的には医学部の方が上かもしれませんが、歯学部の教員には
「自分たちこそ医科歯科の本流」という意識があるようです。
実際、歯学部は官立としては、日本で最古の歴史を持ちます。

正門を入ると狭い敷地に建物がいろいろ建ってます。もともとの
敷地が狭かったため、高層化せざるを得ませんでした。

私学が高層タワーを建てるのはよくあることですが、官学でこのような
タワーはまれ。土地が限られている以上、しかたありませんでした。
普通なら「では郊外に行こう」となるのですが、医科歯科はその道を
取りませんでした。お茶の水というロケーションのメリットを
シッカリ分かってたからでしょう。

府中だの八王子だのに行ってしまうと、学会を開こうにも人が
来てくれません。都内のいろいろな病院と提携しようと思っても
難しくなります。

医学という、さまざまな情報が錯綜する学問の場合、その錯綜の場に
いないと、どうしようもありません。それを理解して、お茶の水から
動かなかった点、大学運営の確かさを感じます。

医科歯科の高層ビルは、夜も明かりが消えません。研究、臨床どちらに
身を置くにせよ、日々の絶ゆまぬ努力が不可欠。さもないと
置いていかれるからです「医師免を取ったら安心」
では全くありません。

入試について話せば、東大・理Ⅲを諦めたような受験生が受けにきます。
センター試験の得点率はハンパじゃありません。それなりの覚悟が必要。
英語についても述べておきましょう。最後の四百字・論述が全てです。

医科歯科を志望してるんですけど、医系・英語はやっとくべきですか?

よく聞かれる質問。確かに医学の内容ですが「注」がたくさん。
「この単語を知らないと解けない」という専門用語もありません。
要するに四百字・論述を除けば、普通の勉強で何とかなりそうです。

ではその四百字・論述はどうするべきでしょうか? やはり添削してもらう他、
ありません。世界史、日本史の論述でも添削は不可欠。それと同じこと。

医学の進歩が何より大切だという雰囲気。
そのためには個人的犠牲も厭わない精神。

世間の期待を担う医学部、歯学部はこうでないといけません。
私がかかりつけにしてる横浜・伊勢佐木町の歯医者さんも、
ここの歯学部・卒。腕のよさには、いつも感謝。今後も、
こういう人材をドンドン輩出してもらいたいですね。

パンプキン
sweet pumpkin

お茶の水女子大学

有楽町線・護国寺駅の三番出口を出ると、目の前に護国寺。
江戸期、五代将軍・綱吉の母、桂昌院(けいしょう いん)が設立。

護国寺の前を、不忍通り(しのばず どおり)が東西に。
不忍通りを春日通りへと東へ歩き、右へ曲がれば、いくらも経たないうちに、
お茶の水女子大学・正門。「お茶大」(おちゃだい)と呼ばれてます。

昔は東京高等師範学校(現・筑波大学)とともにお茶の水に。
その関係で、大塚にあるのに今も「お茶の水女子大学」。

国立(くにたち)にあるのに「一橋大学」もあるわけですから、
別にお茶大の名前を責めるわけにはいきません。

実はお茶大、戦後、新制大学になる時「東京女子国立大学」と
名乗りたかったとか。「女・東大」はここです、と言いたかったのですね。

お茶大は戦前、東京女子高等師範学校として、多くの優秀な女子教員を
東日本各地に送り込みました。西日本では奈良女子高等師範学校
(現・奈良女子大)が同じ役割を果たしました。
今、国立の女子大はこの二つだけ。

官立の師範学校だったことから、新しい文化を創造する気風は、
お茶大からほとんど生まれませんでした。戦後になっても、
その傾向は変わりませんでした。

同じく教員養成の色彩が強かった日本女子大が、多くの文化人を
生み出したのに対し、お茶大は無難な女子教員を生み出すことに専念。
卒業生が小粒になりがちだったのは必然でしょう。

ところが、その堅実さは、安心できる教員養成・大学として
お茶大のステータスともなりました。実際、女子教員の広がり
という点では、お茶大は今も他大学を圧倒。

その卒業生の中から桜蔭高校を設立する者たちも現れたのですから、
お茶大の堅実さはキチンと評価しなくてはなりません。今もお茶大の隣にある
「桜蔭館」。歴代・卒業生の活躍が展示されてます。

現在は文教育学部、理学部、生活科学部の三学部。
分かりやすく言えば、文教育学部は文系の教員養成学部、
理学部は理系の教員養成学部。

生活科学部は昔、家政学部。食物、被服を専門としてます。
食物、被服を学び、就職せず、そのまま東大、慶大あたりを出た
エリートと結婚し、良妻賢母となった卒業生も多数いたことでしょう。

そういう「良妻賢母の輩出」を女子大が存在意義とするのなら、
それはそれで通常の四年制大学とは一線を画す路線と言えます。

良い妻・良い母は家庭の安定に寄与し、ひいては社会の安定、成長の土台。
食物、被服が一体、学問なのかという議論はひとまず、
おいといていいでしょう。社会に役立つ学部ならば、
何であれ、存在する意義があるのです。

ただし女子の社会進出が進むにつれて、お茶大でも教員養成がメイン。
お茶大女を出た数学や理科の教員が、女子校でカリスマ的な権威を
持ち得ることは想像に難くありません。

それを考えた場合、お茶大。今後も他大学との合併に易々と応じるはず
ないでしょう。私も個人的にはガンバってほしい大学。教え子からも、
毎年、一人か二人、優秀な女子がお茶大に進学。

彼女たちの誰かがいつか「塾講師になりました!」と
言いにきてくれるのを、私はいつも楽しみにしています。

結婚
Wedding
桜蔭高校

外語、二学部に

外語が学部を二つに分けると発表。言語文化部、国際社会学部。
二つが半分ずつ定員を分け合うようです。外語と言えば、これまで言語・
文化研究で知られた大学。地域研究、国際関係論もありましたが、
それらは付け足し。

もちろん中嶋嶺雄(なかじま みねお)教授のような、
国際関係論で名をなし、学長にまでなる研究者も現れましたが、
それはあくまで少数派。外語が輩出する多数の研究者は言語・文化。

ところが国際社会学部に半分の定員を割くという今回の決定。
大学としての大きな方針転換が窺えます。要するに言語・
文化研究では先細りが目に見える、と判断。

これからは語学を使いながらアメリカの没落や中国の勃興、
アジアの台頭を研究していかねばならない時代。昔ながらの
言語・文化研究、そして英語、フランス語、ドイツ語・・・
という偏差値序列では全く通用しません。

外語が今、その現実を認識し、それに合わせて学部改編をしたのは
正しい選択。それをしないなら時代に取り残されていくからです。

思えば、司馬遼太郎をはじめとする多くの著名人を輩出した大阪外語は
あっけなく消滅し、阪大に吸収され、もう跡かたもありません。

東京外語だっていつそうなるか分かりません。いまどき外国語を
専門に学ぶ国立大など、ホンとに必要かどうかの議論さえ、
あるのですから。

語学を使って外国の言語・文化を学ぼうという、時代遅れで受動な姿勢でなく、
今回、語学を使って現実世界で何をするかに重きを置いた学部編成に。
それは外語の危機意識の現れです。

小説表紙
forest
東京外国語大学

東京農工大学

多磨霊園を挟むようにして二つのキャンパス。小金井キャンパスは工学部、
府中キャンパスは農学部。小金井キャンパスは中央線からも見れますね。
昔は東京農林専門学校。そこが繊維の学校とくっついて戦後、農工大に。

この規模の学校だと小じんまりした無難な大学になりがちですが、
農工大は違うようです。農学部、工学部どちらも「有機」「生命」「環境」といった、
今の日本人が一番必要としてる学科を揃えています。

農学部なら水、空気、土地をキレイにすること。
安全な食物を作ること。そして経済合理性を加えること。

工学部ならより軽い車、飛行機の素材を開発すること。
汚い気体、液体でもキレイにできる膜を作ること。
そして経済合理性を加えること。

品種改良、遺伝子研究、材料研究・・・それらを総合しようという意気込みが
学科構成に感じられます。その大きな視野こそ、大学が本来持つべきもの。

エネルギーは自然から取ろう。食べ物は安心できるものを食べよう。
周囲の製品も安心できる自然の素材を使おう。こういう当たり前のことは、
実はとても難しく手間もかかり、それ故、日本人が一番得意な分野。

震災復興を考えても、環境問題を考えても、今後のエネルギー問題、
食糧問題を考えても、それらに付随する問題を正面から大きく
扱ってる農工大の研究には価値があります。完全に未来志向。

首都圏で獣医学科に行きたいと思っても、国立大では東大とここしか
ありません。やはりその存在意義は大きいでしょう。

キャンパスは都心から離れていて、文系ならそれがネックになるかも
しれませんが、農工大の場合、むしろその方が好都合。
特に農学部の場合、動物を飼っている場所が多いので、
街にない方がいいのでした。

世間のニーズに合致した理系学部ほど強いものはありません。
しかも農工大の場合、獣医を除けば、それほど高い偏差値でなくても
狙えます。今後の偏差値・上昇を見込むなら、今、
適当に勉強しといて入っとくのは賢い選択でしょう。

府中
Fuchu

東京工業大学

あまり知られていませんが、昔、東京職工学校という小さな学校が
東京・蔵前にありました。その学校からは多くの技術者が巣立ち、
各地の工場に散らばりました。

煙突あるところ、蔵前あり。

そう言われたそうです。ところが、蔵前のその校舎が1923年
(大正12年)の関東大震災で崩壊。今の大岡山に移ってきました。
この学校こそ東工大の前身です。

職工学校の頃から「作ること」が何より重んじられました。
最先端の理論を輸入するより「まず作って現物を見せろ」という世界。
この点で職工学校は理論重視の帝大・工と一線を画します。

「作ることの重視」は現・東工大にも受け継がれていて、
材料、化学、機械の分野で、東工大は日本だけでなく、
世界をリードする研究機関。

こういう大学を出た卒業生を、実際に製品を作っている企業が
欲しがらないはずはありません。東工大の抜群の就職率の理由もここ。

とはいえ面白いのは東工大は理系だけで勝負しているかと
思いきや、人文でも超一流のスタッフを揃えた点です。

文芸評論で一世を風靡した江藤淳(えとう じゅん)。
ロシア文学でさまざまな「謎とき」をした江川卓(えがわ たく)。
社会学で多くの著書のある橋爪大三郎。

なんでこの人が東工大にいるの? という人を招聘したあたり、
理系だけでなく全人的な学問をしてほしい、という大学の
切なる配慮が窺えます。

しかもその配慮は留保なしに良いもの。実際、江藤淳の教室から
稀代の軍学者・兵頭二十八(ひょうどう にそはち)が出ました。

戦後の思想、文学評論に大きな影響を与えた吉本隆明
(よしもと りゅうめい)も、ここの電気化学を卒業。

さて受験の話も。東工大・英語はそれほど難しくありません。専門分野を
辞書を引きながら英語で読めればいいんだよ、という、いかにも実学的な
発想がそこには見られます。東大、京大のように、理系・受験生に
英語で小説を読ませるようなことを、東工大は要求してません。

さあ、受験生諸君。ここまで聞いて東工大を目指さない理由も
ないよね。八月末の東工大演習。英語は私が担当します。
みんな、集まれ!

自然
nature

東京大学

東大・法学部から首相が出なくなって数十年。東大・文学部から
詩人も作家も出なくなって数十年。これらをもって「東大の凋落」と
呼ぶのはたやすいでしょう。ではホンとに東大は凋落したのでしょうか?

毎年、教え子の中で塾講師のこちらがドキッとする存在感を見せる
男子生徒が学年に一人か二人います。彼らはほぼ全て東大クラスに属し、
楽々、東大に合格していきます。そんな彼らの進学先である東大が、
そう落ちぶれているとは、塾講師の実感としてとても思えません。

しかし日本社会における東大の存在感は明らかに低下。
これを、どう説明すればいいのでしょうか?

やはり東大も一つの大学にすぎなくなったということです。しかもそれは、
そう嘆かわしいことでもありません。首相、官僚、実業家、作家。
彼らがみんな東大・同窓。よく考えれば、そんな状況こそ異常。

日本社会が成熟し、多極化し、いろんなライフ・スタイルが
認められていく過程で「絶対に東大に行かねばならない」という
意識もなくなっていったのでしょう。

私が高校生の頃、東大に行く場合、たとえ文Ⅲ(文学部)への進学でも、
日本を背負うような気がして震えたものです。しかし現代、
東大・志望者たちと話していても、日本を背負っていくだの、
国の将来をどうするだのの話は全く出て来ません。

「東大って、面白そうだし」それ以上の気概はありません。東大生が
肩肘張らず、普通の男子でいられ、社会も過大な期待・評価を
彼らにかけないこと。それは東大にとっても、
社会にとってもいいことかもしれません。

ただハッキリ言えるのは、それに伴って東大生が小粒となり、東大という
場所も、刺激なく、全く面白くない場所になったということです。

吉田茂・首相と南原・東大総長との憲法論争。
三島由紀夫と東大・全共闘との対話。

かつて、日本のエリートが固唾を呑んで見守った、こうしたイベントは、
普通になった今の東大には望むべくもありません。良くも悪くも、
平凡になった東大は、今の日本社会を象徴してます。

東京
Tokyo

一橋大学

教え子から一橋に進学した人の特徴をまとめてみると。

1・そんなに野心はない。一番になりたいわけでもない。
2・将来、そこそこのお金は、ほしい。
3・基本的にカッコつけたい。

東大のように社会を二科目も勉強するのはイヤ。けれど、それなりに
いい企業には就職したい。学問の先端にも少しは触れておきたい。
そう思ってる受験生が一橋の門を叩きます。これは私が接した
受験生だけでなく、一橋全体に当てはまるでしょう。

昔は東京商科大学。実業家の養成が急務、との明治・新政府の判断で設立。
渋沢栄一(しぶさわ えいいち)が商大の設立を強く訴えました。
「商大の学生さんが来たよ」なんてセリフが
昔の小説を呼んでると出てきます。

場所は神田・一橋。一橋の卒業生を束ねる「如水会館」(じょすい かいかん)は
今も神田に。首都圏の国立大で経済学部、商学部の二つを持ってるのは、
ここと横国だけ。

戦前、日立製作所を作り「日産コンツェルン」を作り上げ、
政界に進出した久原房之助(くはら ふさのすけ)も東京商大・卒。

建学理念に忠実というべきか、卒業生は実業のあらゆる分野に進出。
銀行、メーカー、総合商社。大平正芳(おおひら まさよし)のように
大蔵官僚に進む人も。大平は1970年代後半、同じく大蔵官僚・出身の
福田赳夫(ふくだ たけお)の後を継いで首相となりました。

一橋の最大のメリットは就職できる選択肢が多いこと。私が学生の頃、
一橋大生は「就職貴族」。行きたい企業、どこでも就職できるという意味。
政界進出した人の中にも、いかにも一橋・卒という人がいます。

「太陽の季節」で芥川賞を取った石原慎太郎(いしはら しんたろう)。
衆議院議員を経て、東京都知事に。

「なんとなく、クリスタル」で文藝賞を取った田中康夫(たなか やすお)。
長野県知事を経て、参議院議員に。

世間を斜めに見て小説を書いてたけど、気を取り直して、
政治に打って出るなど、東大・卒業生はまずしないし、
そもそもできないでしょう。

現在、名古屋で公務員・改革を進めいる市長・河村たかしも、
一橋・商出身。異色の社会学部は、歴史、言語研究で名をなす研究者を輩出。
阿部勤也(あべ きんや)のように、学長になる者も何名か現れました。

他大学の学生が小粒になっていく中、一橋生には比較的、
ガッツが残ってるようです。ベンチャー企業を起こし、成功する人も。
楽天を設立した三木谷浩史(みきたに ひろし)が有名ですね。

今も第二の三木谷になるべく、勉学に励んでる一橋生は
多いことでしょう。今後に期待できる大学です。

丸の内
Marunouchi

東京外国語大学

明治期、東京外国語学校として設立。実質的には「陸軍中野」のような
諜報員・養成機関。特にシナ語部、ロシア語部でその傾向が強かったよう。

実際、外語に四年もいれば「昔は諜報員・養成機関だったんだな」
とイヤでも分かってきます。廊下に貼ってある何気ない写真。
附属図書館の片隅にある小さな本から。

しかしそんな外語からアナーキストの大杉栄(仏語)や
孤独な哀しみを歌う中原中也(仏語)が出たりしたのだから、
フシギなもの。

言文一致を唱えた二葉亭四迷(露語)。
「ごんぎつね」で知られる新見南吉(英語)。
爛れた愛を綴った永井荷風(シナ語)。

彼らも外語で語学力を磨きました。彼らが未来の諜報員たちと
切磋琢磨していた様子を想像すると、少し笑えるくらい。

そんな外語に対する国家の扱いは冷たいもの。戦中、専門学校に
格下げされ、戦後に新制大学として発足した時も、外語は二期校に指定。
一期校を落ちた人の受け皿に。とはいえ、世の中は分からないもの。
今思えば、この二期校・時代こそ「外語の黄金時代」。

東大、一橋を落ち、浪人や私大進学の資力がない秀才たちが、
全国から外語に集まりました。外語で語学力を磨き、世界に目を向け、
さまざまな分野で活躍する「野武士」卒業生が続々と出ました。

特に強かったのは外務官僚、総合商社、マスコミ、語学研究。
外語から大手メーカーへの就職など楽勝。三菱商事、住友商事などの
大手商社に進む者もたくさん。

研究者になる場合も、東大か一橋、外語の大学院に進み、修了後、
そのまま助手、講師として歩き出す人ばかり。二期校・時代は、
まさに百花繚乱。今もNHK語学講座の多くを卒業生が担当し、
その実力を見せつけてます。

しかし、共通一次試験、センター試験の導入とともに外語の様子も一変。
偏差値だけ東大並みになったものの、学生力は急速に低下。
女子数だけが増え「野人」が出なくなりました。

小粒の語学秀才ばかりで、強烈な未来を感じさせる、清濁併せもった
学生を見つけることができません。それは就職率にも表れ、
総合商社はおろか、メーカーにも入れない人が続出。
外語のステータスは確実に落ちてます。

塾の話もしましょう。なぜか私の今年のクラスには外語・志望の女子が
たくさん! この際、彼女らに合格してもらって、沈滞した外語を
活性化してもらわねばなりませんね。

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