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六全協

昭和三十年・八月十一日、暑いさ中に開かれた日本共産党の
第六回・全国協議会。略して「六全協」。
場所は神宮・外苑の日本青年館。

日本共産党は戦後十年間、暴力革命を唱えました。
その先頭に立ってたのは書記の徳田球一。

ところが昭和二十七年、血のメーデー事件で武力闘争は完全に挫折。
日本共産党は人心を失い、衆議院での議席も失くしました。
党の立て直しが火急の課題。

当時、日本共産党のヒーローは野坂参三(のざか さんぞう)。
中国大陸で毛沢東、周恩来と共に抗日戦線を戦った野坂は、
戦後に帰国。圧倒的な支持を集めます。昭和二十二年の
衆議院選挙で当選。国会議員を務めました。

もう一人。宮本顕治(みやもと けんじ)。戦前、最後の政治局員として
治安維持法で逮捕され、獄中で十二年間ガンバり抜いた不屈の党員。
彼が網走刑務所から出獄した時、門の前に立ってたのは、
八才年上の妻、百合子ひとりでした。

六全協が開かれる前、野坂と宮本は地下活動に入っており、消息不明。
会議の行方は誰にも分りませんでした。ところが夕方・八時過ぎ、
満員の聴衆の前に野坂、宮本の両名が志田重雄、紺野与次郎を
連れて登場。満場の拍手に包まれます。

この六全協で日本共産党はキッパリと暴力革命を否定。武力闘争の
先頭に立ってた徳田球一が中国で客死したことも、
合わせて発表されました。

暴力革命に固執する学生たちは、この路線転換に猛反発。
「日共は軟弱」と罵り、党を出て行きました。彼らは後に
新左翼・運動を展開。中核派や革マル派といったセクトも、
ここから生じます。彼らは帝国主義以上に、日本共産党を憎みました。

同じく暴力革命に従ってた在日朝鮮人も、はしごを外されます。
言わば「とかげのしっぽ切り」。戦後、十年間、続いた
在日朝鮮人の横暴にも、ここで終止符。

昭和三十年。この後、社会党の右派・左派が合流して日本社会党が誕生。
十一月には自由党と民主党が合同して自由民主党に。
いわゆる「五十五年体制」がスタートしました。

日本共産党の路線転換。それは正しいものでした。この後も1970年代まで、
フランス共産党やイタリア共産党は、国内で強い力を持ってました。

けれどこれらの党はソ連共産党の影響力から抜け出せず、
暴力革命を捨て去ることもできませんでした。それ故、
ソ連が凋落するにつれて衰退。今は影も形もありません。

ソ連や東欧で共産党が倒れ、西欧でも共産党は消滅。
社会主義など、もう時代遅れ。どこのバカが、
まだ社会主義にしがみついてるんだ。

そんな時代、先進国で、ひとり気を吐く日本共産党。
六全協で自主独立を掲げ、いかなる外国・共産党の指令も受けないと
発表し、それを実行した賜物でした。

中国共産党が文化大革命、大躍進運動で大失敗してた頃、
最も先鋭に対立してたのは日本共産党。当時、日本の保守層は
「同じ共産党なのに」と笑ったものです。

あるいはソ連が崩壊した時、日本共産党は「もろ手を挙げて歓迎」。
相変わらず、世間では「次はあなたたちの番ですよ」と
見られてました。

今、振り返れば、日本共産党の先見性に括目せざるを得ません。
もしシッカリした自己がなかったら、今の日本で共産党など、
とっくの昔に消えてなくなってたでしょう。

ソ連・崩壊後、グラスノスチ(情報公開)により、野坂参三がなんと、
ソ連共産党の内通者だったことが判明し、党から除名。結局、
六全協から後、数十年間、日本共産党を指導したのは、
宮本顕治ただ一人だったとなります。

個人崇拝しない日本共産党。これだけ功績のあった宮本について今、
ほとんど語られてません。恐らく若い党員は、消費税・反対については
教えられても、宮本の名前すら聞くことはないでしょう。

昨年の参議院選挙。東京選挙区から出馬し、共産党ブームを
巻き起こした三十才の吉良よし子。彼女に一度「宮本路線について
どう思いますか?」と聞いてみたいですね。

松
February

外国為替資金・特別会計

特別会計の一つ「外為特会」。戦後すぐに設立され、円の通貨防衛を
目的としました。円が安く売り叩かれる場合に備え、一定の外貨を
準備しようという勘定。一般的に「外貨準備」という場合、
この外為特会を指します。

昭和四十七年のニクソン・ショックまで円、ドルは固定相場制。1ドル
360円でした。それが80年代、日本の経済力・上昇と共に徐々に
250円まで円高。そして十三年後の昭和六十年、
プラザ合意で、一気に120円台。

現在も1ドル100円前後ですから、ドルは円に対して、
三分の一以上、下落。当然、外為特会も毀損。

とはいえ、ここからが海外資産・運用の面白いところ。円、ドル間には
毎年、一定して2~3%の金利差があり、ドル金利が高い分、
円金利に対して差額の剰余金(利益)が出ます。
現在ではその額、毎年、三兆円程度。

この剰余金が積もり積もって、トータルで見た場合、なんと四十九・
一兆円のプラス。為替差損が三十五・五兆円でしたから、差額の
十三・六兆円が、純利益。官僚が運用したにしては、みごとな数字。

原資産の毀損をインカム・ゲインの積み重ねで
補うという、まさに長期運用の見本例。

さて外為特会。もともとは円防衛のためでしたが、一方的な円高
トレンドが数十年、続いたことにより、円高阻止のための介入手段と
なってしまいました。円高が行き過ぎると、是正のために、
繰り返されてきた外為特会での円売り、ドル買いオペレーション。

買ったドルは主に米国債で運用。その額、今や一兆ドル(百兆円)。
その資産に対する負債は、政府短期証券(短期国債:FB)。
政府は短期証券で円を調達し、それで米国債を買ってます。

日米・金利差により、毎年、数兆円の剰余金が出る外為特会。
この剰余金を、せめて財政赤字の補填に使おうと思うのは自然なこと。

けれど、ここに罠。日本国・予算は円での執行しか認めてません。
外為特会で生じた剰余金は米国債・運用なので当然、ドル。
これを市場で円転しようとすれば、一気に円高に。

もともと円高阻止のための市場介入だったわけですから、これでは
何にもなりません。結果、政府は現在、負債のFBを増刷して、
剰余金・ドル分の円を発行。

分かりやすく言うと、米国債・運用で発生したドルを、円で使えるように
するため、剰余金分の円を負債として発行。利益が出た分、
負債も増えてるので、手放しでは喜べません。

儲かったドル剰余金を円転せず、そのまま海外への支払いに
充てることができないかどうか、今は検討中。

ある国が他国の国債を購入する場合、通常、売ることを想定してません。
満期まで保有するのが慣例。もちろん原理的には、この慣例を破って
売ることはできますが、売られた国の国債市場は大混乱。

米国債の場合、そんな政策を取る政治家の命は危ないでしょう。
というわけで日本は今後も、百兆円の米国債を保有したままです。

スイーツ
sweets

田雙の二年生(3)

渋谷教室の授業後。エレベーター前で田雙生とバッタリ。
何となく一緒に帰ることに。二年生です。

聞けば田園都市線で、同じ路線。そう言えば、彼女のお姉さんとも一度、
田園都市線で一緒に帰ったことがありました。フッと重なる面影。

話してると、田雙生がどんな塾に通ってるかがテーマに。
現在、私のクラスに田雙生は、彼女も入れて二名。
他塾に行ってる田雙生もたくさんいるという話。

聞いてるうちに、私のライバル意識もメラメラ。
こうなったら、もっと多くの田雙生に来てもらわなくては。
私の努力あるのみです。

日の出
sunrise

特別会計

国の予算は二つに分かれてて、一般会計と特別会計。メディアで
報じられるのは、主に一般会計。特別会計については、
存在すら知らない人も多いでしょう。

とはいえ特別会計。規模だけで言えば、一般会計の数倍。
日本の財政を考える時、特別会計を無視することはできません。
では、なぜ特別会計は「特別」なのでしょうか?

憲法で定められた予算・単年度主義。その年の予算は、その年で
完結することが原則。けれど年金や国土管理といった事業は、
単年度で処理できず、それ故、別勘定の特別会計にしてるわけです。

国債にしても、単年度発行で見る場合は一般会計。
けれど国債には既発国債を借り換える作業、ロール・オーバーがあります。
ロール・オーバーは現在、百十兆円。これに財投債の十兆円を入れると、
国債発行額は、一般会計の四十数兆円でなく、百七十兆円に上ります。

この国債発行を総合して管理してるのが国債整理基金・特別会計。
このように特別会計は一般会計との重複部分を持ちます。

特別会計は全部で十八。積立や運用を行う場合もあります。
運用過程で利益が出ることも多く、一般会計では慢性赤字なのに、
特別会計では資金がたまることもしばしば。数年前に「埋蔵金」と
話題になったのも特別会計。

メディアにほとんど取り上げられない特別会計。けれど、ここに
日本のさまざまな秘密が隠されてもいます。
このブログで検証していきましょう。

空4
sky

TPP、妥結できず

シンガポールで行われてたTPP閣僚交渉。二月中の妥結が目標でしたが、
折り合えずに終了。TPP交渉は秘密交渉で、具体的な中身は
分かりませんが、アメリカが一歩も譲らず決裂した模様。

日本は聖域・五品目で譲歩案を提示。ベトナム、マレーシアといった
国営企業が強い国々も、その規制撤廃に応じました。けれどアメリカの
頑固な姿勢で交渉は決裂。暗礁に乗り上げました。

TPP交渉は今後、WTO交渉と同様、グタグタと時間だけが過ぎ、
最後にはウヤムヤに消えることとなるでしょう。

ギター
guitar

パク・クネ大統領の支持率・上昇

就任して一年になるパク大統領。世界のあちこちで日本の悪口を
吹聴して回りました。その外交はさながら「告げ口外交」。
完全な国際マナー違反です。

けれど韓国人には、国際マナーなど関係ありません。世論調査によると、
パク大統領の支持率は今、上昇中。しかも外交が評価されてます。

反日を言えば、韓国では受けることが改めて示された恰好。
当然、安倍首相との間に交流が持てるはずもありません。
この状況は当分、続く見込み。

とはいえ険悪なのは政治の分野だけ。経済や軍事の分野では、
日韓で今も活発な連携が続いてます。例えば軍事。
昨年、アフリカの国連キャンプで、自衛隊が韓国軍に
弾丸を提供。韓国軍の要請によるものでした。

両軍の間に相当な信頼関係がないと、こういうことはできないはず。
とはいえ韓国政府は後で「弾丸を借りる必要などなかった」と発言。
借りてやったんだ、と言わんばかりの態度で、泥を塗りました。

空2
sky

戸山の二年生(2)

現在、戸山の二年生は新宿教室に一名。男子です。
まだ一名ということは、戸山の新・三年生、今年は少し
出遅れてるのかもしれません。

とはいえ、この男子がよくデキル。二学期、体験授業に来て、
そのまま冬期講習。そして三学期に突入。

彼がいる新宿の国立クラスは今年、レベルが高く、
彼も納得して受けてることでしょう。

今はまだ指始動してない戸山生。三月半ばに
始まる春期講習から来塾し始めるでしょう。

木1
Baum

三国人

日本が大東亜戦争に敗れた後、在日朝鮮人に「自分たちは戦勝国」という
奇妙な錯覚が生じました。彼らは焼け野原になった駅前・一等地を
不法占拠。持ち主のいなくなった土地を勝手に占有。現在、
駅前にパチンコ屋が多いのも、その名残です。

各地で無許可の朝鮮人学校を設立。民族教育を始めました。
恐らくは日本人が朝鮮半島で三十六年間、支配層だったことの逆を
日本でやろうとしたのでしょう。

あまつさえ「無賃乗車・許可証」を勝手に作成。乗車料金も払わずに、
日本人乗客をどかして、電車に乗り込み始めました。

反日漫画「はだしのゲン」。あの漫画の戦後編でも「ドケ ドケ」と
日本人乗客を追い払う在日朝鮮人が登場。「はだしのゲン」で
そうなのだから、事実は押して知るべし。

もちろんGHQにとって、在日朝鮮人のこの動きは看過できないもの。
朝鮮は戦勝国ではない、という意味で「第三国」と呼ぶよう命令。
在日朝鮮人も「第三国人」あるいは「三国人」に。

ところが「朝鮮人」と同様に「三国人」も次第に差別の響きを帯び、
使用が憚(はばか)られるようになりました。石原慎太郎・衆議院議員が
都知事時代、ことあるごとに「三国人」と発言してたのは有名なこと。

二十一世紀に入り、在日朝鮮人も代替わり。石原議員はともかく、
これまでの経緯はどうあれ「三国人」という言葉を
今は使うべきではないでしょう。

野原
spring

新・二年生・東大講座

渋谷教室で行われた一日体験授業。英語は私が担当しました。
男女が半分ずつ。附高生、駒東生が多いクラス。

新・二年生ということは、今は一年生の彼ら。けれど東大を意識して
二年生・春から塾に通おうと思い、申し込み。そんな彼らの期待に、
応えられたでしょうか?

とはいえ、受講した人から、何名かでも本科に来ようという人が
現れれば、その人たちが、新しいクラスの核。春期講習からの二年生。
どんなメンバーになるのか、少しドキドキです。

静かな森
quiet forest

血のメーデー事件

昭和二十五年・六月、突如、勃発した朝鮮戦争。当時、
在日朝鮮人の間には、北朝鮮を支持する動きが拡大。
「在日朝鮮・統一民族戦線」(民戦)の結成につながります。

当時の朝鮮戦争は、後のベトナム戦争のように見られてました。
小国・北朝鮮が大国・アメリカの横暴に抵抗してるというイメージ。
朝鮮戦争は韓国の北進から始まったというデマも流布。
民戦は支持を拡大します。

民戦に呼応したのが日本共産党。徳田球一、志賀義雄が
武力闘争を指導してた頃。彼らは民戦と一体となり、各地で
中核自衛隊、山村工作隊を組織。人民政府の樹立、
天皇制の打倒を目指しました。

そんな中で起きた血のメーデー事件。昭和二十七年・五月のメーデー。
日本が主権回復した三日後のこと。民戦と日本共産党が
外苑前でデモを組織。数千人が参加し、会場は
北朝鮮・国旗と赤旗で埋め尽くされました。

やがてデモ隊は皇居前広場に。ここで警官隊と衝突。
多くの負傷者を出す事件となり、革命前のような
騒然とした雰囲気が日本を覆います。

この事件によって、民戦は完全に人心を失い、昭和三十年に解散。
ここで朝鮮総連となり、以降、日本の政治運動には
全く関わらないと宣言。

一方、日本共産党も五カ月後の総選挙では五議席を全て喪失。
武力闘争・路線から議会制・民主主義へと舵を切る端緒となりました。

梅
ume

阪神教育闘争

在日朝鮮人は戦後すぐに在日朝鮮人連盟(朝連)を結成。
朝連は全国各地に無許可の朝鮮人学校を設立。
民族教育を始めます。言わば、日本国内の独立国。

当時はGHQ占領期。日本国内の独立国など許可できるはずもありません。
朝鮮人学校には閉鎖命令。日本人のための日本語教育を
行うべきという当たり前の命令が出されます。

ところが朝連がこの命令に反発。昭和二十三年・四月二十四日、
朝連が大阪と神戸で役所に殴り込みをかけるという、
トンデモナイ事件が発生。「阪神教育闘争」です。

GHQはこの事件に断固たる処罰で臨みます。すぐに「非常事態宣言」を発令。
GHQが非常事態を宣言したのは、この時が最初で最後。朝連には
解散命令が出され、翌・昭和二十四年、朝連は解散します。

梅
late February

政府短期証券

昨年十二月末、日本の内国債・発行残高は849兆829億円。
政府の借入金は55兆2344億円。政府短期証券は113兆6285億円。
合わせて政府債務は1017兆9459億円。一千兆円を超えました。

政府短期証券について考えてみましょう。二カ月から一年という
短期での政府証券。言わば、短期国債。政府債務としてカウントされます。

この政府短期証券。市場に売りに出されれば、安全資産として
民間・金融機関から買いが殺到。その結果、集まった資金が113兆円。
この資金が外国為替資金・特別会計(外為特会)に移されます。

外為特会で米国債を買い、その額が積もり積もって約百兆円。
日本政府が買った米国債の正確な額は、発表されておらず、
約百兆円と推測するしかありません。

この米国債こそ日本の「外貨準備」。つまり、外貨準備の出所は、
私たちの預金。私たちの預金で米国債を百兆円も買い続けてきたのです。

先進国でこんなに外貨準備を持ってる国は、日本以外にありません。
また、こんなに持ってる必要もありません。

折しも、日本政府は今、慢性的な財政赤字に苦しんでおり、
消費税・増税まで決定する始末。外為特会にある百兆円を売って、
国債償還に充てよう、という発想が出ても、フシギではありません。

もちろん日本が米国債を売ることなど、逆立ちしてもできません。
そんなことを実行しようとすれば、その政治家は殺されるでしょう。
1990年代、橋本龍太郎(はしもと りゅうたろう)首相が、増え始めた
財政赤字を前に「米国債を売りたい衝動に駆られる」と
発言したことがありました。

この発言で米国債・価格は急落。金利は急騰。アメリカから早速、
担当者が血相を変えて飛んで来て、橋本首相に釘を刺したとか。

政府短期証券の113兆円は、当分、このまま塩漬けにしておく
しかありません。アメリカに約百兆円も貸し込んでおいて、
国内では「金がない」と増税してる奇妙な国・日本。
日本の属国状態は、こんな点にも表れてます。

花
flower

国債のリバランス

日本の十年物国債・利回りは現在0.6%。民間銀行が預金者に支払う利子は
0.1~0.3%。差額が民間銀行の利ザヤ。国債は安全な金融資産ですから、
何千億円という単位で取引すれば、利ザヤ分が確実に手に入ります。
リスクを取って市中に貸し出すより、よっぽど手がたいビジネス・モデル。

莫大な政府債務にもかかわらず、民間・金融機関がこぞって国債を
買ってきたのも、この理由。実際、メガ・バンクはここ数年、
何千億円という利益を毎年、計上。国債買い取りビジネスは、
何の工夫もせずに儲かる、ボロイ仕事でした。

とはいえ民間銀行の本来の役割は、市中に貸し出し、
資金の巡りを良くし、経済を活性化させること。一言でいえば、
マネー・ストックを増大させること。国債買い取りは、
確実に儲かる話ではあっても、銀行本来の業務ではありません。

そこで今回、アベノミクスにより、日銀が民間銀行から
国債を買い取ることに。言わゆる量的緩和。民間銀行は国債市場から
追い出され、イヤでも市中に貸し出すことを与儀なくされました。
これを「国債のリバランス」と呼びます。

けれど民間銀行がリスクを避け、国債代金として日銀から
受け取った資金は、民間銀行が日銀に持ってる当座預金口座に、
積まれたまま。政府・日銀の思惑とは異なり、
資金が市中に流れてません。

着陸
landing

マネー・ストック

日銀が発行するお金の総量がマネタリー・ベース。
「ベース・マネー」と呼んだり「ハイパワード・マネー」と
呼んだりもします。日銀発行券と法定準備金で構成。

では世の中に流れてるお金がマネタリー・ベースかというと、
そうではありません。世の中にはマネタリー・ベースよりも、
もっともっと多くのお金が出回ってます。

日銀がお金を発行すると、それは日銀にとって資産となり、
そのお金を受け取る民間銀行にとっては負債となります。
民間銀行は負債となったお金を市中に貸し出して資産とします。
これでバランスが取れるわけですね。

さて民間銀行・A銀行が日銀から百万円を受け取ったとします。
この百万円をマネタリー・ベースとしましょう。
これだけでは何も変わりません。

けれどA銀行が百万円をB企業に貸し出します。するとA銀行には
百万円の貸出資産が残り、B起業には現金・百万円が移ります。

B起業は受け取った百万円を取引先であるC企業への支払いに充て、
百万円がC企業に。次にC企業が百万円を取引銀行・D銀行に預けると、
C企業には百万円の貸出資産が残り、現金・百万円がD銀行に移ります。

そしてD銀行が貸し出せば、ドンドンお金が世の中で増えていきます。
もともと百万円だったマネタリー・ベースが、こういう形で
一千万円まで膨れ上がるとしましょう。この一千万円こそ、
世の中に出回るお金の総量。これが「マネー・ストック」。

マネー・ストックは数年前まで「マネー・サプライ」と
呼ばれてましたが、呼称が変わりました。

銀行貸し出しを通して、マネタリー・ベースがマネー・ストックへと
増えていくことを「信用創造」と呼びます。そして何倍まで増えるかを
表す数字が「貨幣乗数」。百万円のマネタリー・ベースが
一千万円のマネー・ストックへと増えたなら、その時、
貨幣乗数は十倍となります。

もちろん貨幣乗数が増えてくれば、世の中のお金の巡りが活発となり、
景気が良くなります。一方、貨幣乗数が低いと不景気となります。

傘
Japanese umbrella

ソニー、1100億円の赤字見通し

ソニーが不甲斐ない決算見通しを発表。今春・三月期、
これまでの予想は300億円の黒字でしたが、一転して
1100億円の赤字に転落。トヨタが2兆4000億円もの営業利益を
見込む中、クッキリと対比が浮かび上がりました。

ソニーは今、ストリンガー前社長が残した負の遺産に苦しんでます。
ストリンガー前社長は「利益最大化」を目指し、事業を多角化。
ソニー銀行、ソニー保険、ソニー損保などが誕生。
メディア部門にも注力し、コンテンツ発掘に
莫大な予算をかけました。

けれどソニー。もともとは電機分野でニーズを先取りする、
新製品・開発が強み。なのに肝心の新製品・発表は、
ここ数年、できないまま。

テレビ事業も分社化すると発表。一体、テレビも作らないソニーは、
何の会社なのでしょう?

iPodのアイデアそのものも、ホンとはソニーの技術者が最初に着想。
けれど結局はアップルに先を越されてしまいました。iPodはその後、
携帯電話と結合してiPhoneとなり、今やそれがインターネットと結合して
スマホに。手の中にコンピュータが入る時代。

新製品によって、新しいライフ・スタイルを提案することこそ、
ソニーのお家芸。なのに「儲かりそうだ」という理由で金融部門に参入。
アメリカ人に経営を任せたことを、もう一度、反省してみるべきでしょう。

そう。ソニーは「ものづくり」の原点に帰るべき時。
まだ企業としての体力はあります。地道な製品開発で勝負です。
アイデアを支える素晴らしい部品メーカーも、日本にはあります。
今すぐの変革が必要。ソニー経営陣の深慮が求められます。

海辺の気球
the baloon in the sunset

日銀・当座預金残高、百十三兆円に

日銀が民間銀行から国債を買い取る場合、国債は資産、代金は負債と
なります。日銀・負債となった代金は、民間銀行が日銀に保有する
当座預金口座に振り込まれます。この当座預金のことを
「法定準備金」とも言います。

日銀としては、この当座預金から民間銀行が準備金を引き出し、
貸出を増やすことが狙い。貸出が増えないと、市中に資金が回らず、
景気が上向くこともありません。

けれど今、この当座預金(法定準備金)が動かず、その残高がドンドン
増えて百十三兆円に。マネタリー・ベース(ベース・マネー)は増えても、
マネー・ストックは増えてないということ。資金の流れが滞ってます。

庭
garden

西高の二年生(3)

新宿教室と渋谷教室にいる西高生。二学期までは二名でした。
ところが三学期から三名増えて五名に。
今のところ、都立勢では最大勢力。

昨年、東大・合格者数で日比谷を抜き、都立トップに立った西高。
今年度の結果も、来月に出ます。今の二年生も危機感を持っての来塾。
教えるこちらも気合を入れなくてはいけません。

都立生らしく、あまりガツガツ勉強しない西高生。
「文武二道」は徹底してます。確かに焦る必要はありません。
マイ・ペースで受験を乗り切りましょう。

冬の森
snow forest

青高の二年生(3)

冬期講習から青高の二年生が来塾し始めました。現在、新宿教室に
男子と女子。渋谷教室に男子と女子。合わせて四名。

新宿教室に来始めた女子は見覚えある面影。聞いてみると、やっぱり
二年前に教えた女子の妹だとか。お姉さんから評判を聞いて、
塾の扉を叩きました。その受験を託された私。
ガンバらないわけにはいきません。

外苑前にある青高。新宿へも渋谷もすぐに出れるはず。
もうすぐ新・三年生になる青高生。塾で本物の英語を学ぼう!

氷の花
snow flower

廃炉ビジネス

事実状、破綻してる東京電力。廃炉も賠償も自力では不可能。
ここまで来れば、当然、分社化が話題となります。

電気事業を担当する電気事業会社と廃炉を担当する廃炉会社。
賠償は国も関与しながら、両方の会社で担当することになるでしょう。

分社化が実行されると、新しい電気事業会社の株価はうなぎ上り。
もともと日本の電気事業は独占状態で、儲かるビジネス。
しかも現在の株価は最底辺。

とはいえ一方の廃炉ビジネスの方が、よっぽど有望。原発を今後、
再稼働するにせよ、しないにせよ、新規の原発設置はもう不可能。
今ある五十数基の原発には、遅かれ早かれ、数十年で廃炉の時期が来ます。

日本だけではありません。世界には四百基・以上の原発が現在、稼働中。
その数は今後、増える一方。これらも数十年で廃炉を迎えます。
一基当たり数兆円とも言われる廃炉事業。
これは大きなビジネス・チャンスです。

日本の原子力・技術を絶やしてはなりません。原発・再稼働に関わらず、
廃炉は今後、世界で必要とされる事業。それを日本がリードできるなら、
世界に大きく復興をアピールできるはずです。

花束
bouquet

日本の核武装

昭和三十九年十月十六日。池田内閣・末期。日本は国家を挙げて
東京オリンピックを開催。その真っ最中に中国は初の核実験を実行。
オリンピックに冷や水を浴びせます。なんという非礼。

場所は新疆ウィグル自治区。中国はこれ以降、ウィグルやチベットで
核実験を繰り返します。日本政府はこの状況を見て、核武装を
検討し始めました。政権は池田内閣から佐藤内閣に。

池田内閣で既に小型核なら現行・憲法でも可能という法解釈が
示されました。ところが奇妙なことに、核武装を目指したはずの
佐藤内閣が持ち出してきたのは「非核・三原則」。
日本は核兵器・放棄を内外に宣言。

佐藤内閣の核放棄は、これまでずっと歴史の謎でした。
ところが当時の外交文書が公開されはじめ、うっすらと
四十年前の舞台裏が分かってきました。

佐藤内閣の一つの課題は沖縄返還。実際に返還されたのは
昭和四十七年五月。その時、アメリカ軍が沖縄に核を持ち込むことを
許可する密約が日米政府の間で交わされました。この時、
佐藤の密使として交渉に当たったのが若泉敬。

沖縄を返してもらう代わりに、アメリカは沖縄に核付きで
寄港し始めました。この点で、沖縄に「核抜き・本渡並み」を
約束した日本政府は完全に二枚舌。沖縄県民の日本政府に対する
不信は、こんなところにも原因があります。

これ以降、日本は完全にアメリカの核の下に入ります。
密約は国民には知らされないままでした。

幻
phantasy

渋谷の二年生・私立クラス

渋谷教室の金曜・一限。受講生は主に早慶を志望する人たち。
現在、十四名。私大・医学部を目指す層にも、もう少し
来てほしいところ。今のところ、多くの人は早慶・文系を志望。

受験生・全体で考えると、早慶・志望者は東大・志望者よりも
ずっと大きいボリューム層。このクラスでも今後、ほっといても、
人数は増えていくでしょう。

その時、レベルを落とさずに授業を続けられるかどうかが、
私の腕の見せどころ。雰囲気の良いクラス。
これからが楽しみですね。

エスプレッソ
espresso

附高の二年生(3)

金曜・一限の私立クラス。附高・女子が三名。
可憐(かれん)な彼女たち。休み時間には、いつもお喋り。
これからクラスが大きくなるにつれて、彼女たちが
雰囲気を作っていってくれるでしょう。

附高だけあって基礎力はシッカリしてます。東大を目指さずに
私大を志望校にした三人。力まない受験勉強になるはずです。

ドーナツ
doughnut

一点共闘

今、永田町の台風の目は維新の会でも、結いの党でもなく、ズバリ
日本共産党。一時は終わったかに見えた日本共産党ですが、
ここにきて盛り返してきました。

昨春、行われた東京都議会選挙。日本共産党は十七議席を獲得し、
十五議席だった民主党を抑えて第三党に。その後の参議院選挙。
東京、京都、大阪の小選挙区で民主党に勝利。神奈川でも、
民主党議員に僅差で惜敗。存在感を見せつけました。

東京選挙区では、吉良良子(きら よしこ)が共産党ブームを
巻き起こし、メディアの注目を集めます。

そして今回、行われた東京都知事選挙。共産、社民が推薦した候補が、
元・首相の細川護熙を上回りました。共産、社民とはいえ、実質的には
共産党の組織力。

振り返ってみれば、平成二十一年・夏、民主党が政権を取り、
日本にも二大政党制が根づくかと思われました。ところが、その後、
民主党は迷走に迷走を重ね、完全に国民の信頼が失墜。
今や自民党・一強の時代。

まともな野党を探せば、いつも反対ばかりしてる日本共産党しかない、
という消去法に。民主党の敵失による追い風。しかも「反対ばかりしてる」
というイメージも変わりつつあります。かつては「自分たちだけが正しい」と
言い張ってた日本共産党。その姿は、無党派層にしてみれば、
たとえ正しいことを言ってても、頑なに見えたもの。

ところが日本共産党。数年前から「一点共闘」を打ち出しました。
ある政策で合意できるなら、柔軟に連携しようという路線。
これが無党派層の視線を変えました。候補者・若返りとの
相乗効果で、若者層、貧困層の支持を集めます。

もちろん一点共闘にも限界があるようです。例えば「護憲」という
点でなら公明党と共闘してもよさそうなものですが、
そんな話は全く聞こえてきません。

もちろん日本共産党には大きなネックがあります。
「共産党」という党名そのものが、ソ連、中国、北朝鮮の
残虐、非道な粛清を思い起こさせるからです。

いくら日本共産党が「私たちは違う」と主張しても、
この党名を続ける限り、いつか頭打ちが来ます。

とはいえ日本共産党。党名を変えるつもりは毛頭なく、
このまま「確かな野党」で突き進むよう。その躍進ぶりは、
同じ左派の民主党、社民党の体たらくをそのまま映し出してます。

中央アルプス
February

慶大SFC

町田でJR横浜線から小田急線に乗り換えましょう。箱根湯本・行と
片瀬江の島・行の二つがありますから、注意が必要です。

片瀬江の島・行の快速に乗ると、相模大野、中央林間、大和と続いて、
湘南台駅(しょうなんだい えき)ここで降りましょう。

西口を出ます。ここはもう藤沢市。駅前には低い建物しかありません。
しばらく歩けば、神奈中バス・一番乗り場。ここから慶大行のバス。
慶大と言っても、慶大SFC。総合政策学部と環境情報学部。
ちなみにSFCとは"Shonan Fujisawa Campus"のこと。

バスはすぐに畑が続く道に入ります。十分もしないうちにSFCキャンパス。
典型的な郊外型キャンパス。周囲には大学以外、何もありません。

バスを降りて右に本館前。アルファ館。左に大講義室棟。オメガ館。
その向こうにメディア・センター。ここはミュー館。SFCでは、
このように建物にギリシア・アルファベットが付けられてます。

SFCは平成二年に「文理融合」を目指して、ここ藤沢に設立されました。
当初は全人的な教育を受けた学生がいる、ということで大いに注目されました。
けれど都心からあまりにも遠い立地が敬遠され、偏差値がドンドン低下。
やがて慶大で最も偏差値が低い学部に。

とはいえSFC。当初からコンピューターやITに関する教育を充実。
その教育を受けた卒業生がIT最先端で活躍し始めるにつれて、
今一度、勢いを取り戻しつつあります。

学生がパソコンを教室に持ち込むことが多く、教員の何気ない一言を
すぐに検索する姿が目立ちます。中でも注目すべきは環境情報学部の
村井純・研究室「インターネット」という枠組みで、さまざまな研究。

村井は日本のインターネットの草分け。日本とアメリカの回線を
初めてつないだのも村井。彼の下に多彩な学生が集結。東大や京大では、
逆立ちしてもできない、アイデア溢れる研究が生まれてます。
もう文系も理系も関係ありません。

インターネットは今や、社会の隅々に使われてます。それ故、
インターネットを枠に使えば、そのまま従来の「社会学」の枠を
設定できるわけです。起業を意識する学生も多く、今、
日本の文系学部が総じてダラしない中、SFCは
いい線を行ってると言っていいでしょう。

私の教え子からも毎年、数名がSFCに進学。都心からは遠いけど、
それが気にならないなら、面白い学び舎です。

森の池
the pond in forest

渋谷の二年生・東大クラス(2)

木曜・二限のクラス。現在、受講生は十八名。日比谷・三名。
西・三名。附高・三名。国立や都立の俊英が集まりました。

もちろん私立からも。開成。駒東。雙葉・・・
とはいえ塾に来たからには学校は関係ありません。
このクラスが一つのエンティティ(単位)です。

東大・英語は百二十点・満点。私はこのクラスの目標として、
英語・百点を掲げてます。英作文とリスニングを完璧にこなせば、
ムリない目標。しかも英語でこれだけ取れば、
他科目で失敗しても十分にカバー。

得点開示をする東大。卒業生と話してても、英語で百点は、
十分に可能な数字。やるしかありません。

要するに英語で東大・合格を決めてしまおうという戦略。
しかも、いろいろ考えてると、これが一番、楽な戦略だと気づくはず。

教室の規模からも三十名が限界。二十五名くらいになってきたら、
締切を考えましょう。添削もあるので、やむを得ません。

冬のベンチ
the bench in winter

公文国際学園・高等部(3)

渋谷教室での授業前。質問を受けてると、向こうから懐かしい姿。
昨年、横浜教室で教えてた公文・女子。どうやら合格した雰囲気。
聞いてみると。

昭和の医学部に行くことになりました。

おお、初志貫徹。医療人としての道を歩き始めたようです。
昨年の今頃「浪人します」と報告に来た彼女。
このブログでも、紹介しましたね。

浪人が決まった時も、案外、サッパリした様子。
これなら一年間、楽に過ごせるかも、私はそう思ってました。
そして、その通りだったようです。

辛くなかったですよ。

一年経ち、少しお化粧して、艶やかに登場した彼女。
学校にはまだ報告してないとのこと。塾に最初に来てくれたのは、
ウレシイ限り。塾での勉強が心のどこかに、あったのですね。

昭和大・医では一年次、全ての学生が富士吉田キャンパスで寮生活。
彼女も三月中旬には出発します。きっと、さまざまな出会いが
彼女の前に現れることでしょう。

先生、バレンタインだしから・・・

なんとチョコレートの付いたお酒を持ってきてくれました。
今は禁酒してる私。けれど、このお酒は、
美味しくいただくことにしましょう。

お酒
sake

未来のエネルギー、原子力

東海村で昭和三十二年、日本で初めて原子力の火が灯りました。その後、
研究開発が続けられ、九年後の昭和四十年、最初の原子力発電所が
運転を開始。エネルギーを供給し始めました。

当時を生きてた人なら「エネルギー」という言葉に、未来の響きが
あったことを覚えてるでしょう。そもそも日本語で「エネルギー」という
言葉が使われるようになったのが、この頃。

鉄腕アトム。どらえもん。彼らが飛んだり走ったりする力も、
実は原子力ネルギー。原子力はまさに未来のエネルギーでした。

中東で頻発する政変や戦争。激化する東西冷戦。
国内に全く資源のない日本人にとって、原子力は安心の源。

原子力さえあったら、外国で何かあっても大丈夫。

そんな意識が日本人の心に広がります。原発はドンドン新設され、
その数は五十基を超えました。今では全てストップしてますが、
東日本・大震災の前、原子力は全エネルギー消費の三割を担うまでに成長。

二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギー源として、
日本が次世代、世界をリードする産業分野と目されました。
震災がなければ、今頃、原子力はもっと賞賛されてたでしょう。

カクテル
cocktail

新宿の二年生・国立クラス

月曜・一限のクラス。今で三十名を超えました。
国立大・志望者を指導する場合、添削もありますから、
四十名くらいが限界。今の段階でこの人数ですから、
講座の締切も考えなくてはならないでしょう。

理系を目指す人が多いクラス。現在、日本が置かれてる状況を
冷静に考えた場合、理系学部に進学した方が有利との判断。
その判断は正しいでしょう。

理系とは言っても、医学部・志望者と東工大・志望者が大半。
新しいクラスが始まりました。来年の今頃は、もう受験です。

気球
baloons

原発の立役者

第五福竜丸の被ばくによって日本全体が反米・反核に包まれてた
昭和二十九年、東京・銀座では「核の平和利用」が極秘に始動。

立役者は正力松太郎(しょうりき まつたろう)読売新聞社・社主で
日本テレビ放送網も握ってました。正力を補佐したのは日テレ・重役で
側近中の側近だった柴田秀利(しばた ひでとし)。

柴田はアメリカが送り込んだ工作員と銀座で極秘に接触。
日本政府からのメッセージを伝えます。
この席で原発・開発が決められました。

翌・昭和三十年、吉田茂の「バカヤロー解散」で衆議院選挙に。
正力はこのチャンスを逃さず、地元・富山から出馬し、当選。
国政の場で原発開発を訴え始めました。

この年、読売新聞はアメリカから原子力の専門家を招いて、
日比谷公会堂で講演会を開催。日比谷公会堂の周囲は会場に
入りきれなかった観客で埋まりました。

講演の模様は日テレで放送され、街頭テレビの前には人だかり。
この後、正力はメディアを総動員して原発・推進運動を協力に展開。
前年の第五福竜丸・事件は、あっという間に人々の意識から消えていきます。

昭和三十年の終わり、保守が合同し、自由民主党が結党。
四原則が発表され「領土返還・憲法改正・再軍備・原子力」が
定められました。正力にとっても、柴田にとっても、
感無量だったことでしょう。

虹
rainbow

粘土壁と凍土壁

驚くべきことですが、現在、福島原発が建ってる場所は、昔は川。
水がドンドン流れ込んでくるのも当たり前。
「活断層」どころの話ではありません。

流れ込む水の量は一日1000t。既に1000tタンクが千個、
作られ、あと千個で福島原発の敷地は一杯になります。

余裕あるうちに敷地を隔離するために、壁が作られることになりました。
ところが、その壁が、なんと凍土壁。地面を凍らせて、壁を作る工法。
数㎞に亘っての凍土壁など、前代未聞。建設だけで二年かかる予定。

粘土壁の方が前例もあり、作りやすいはずですが、
資金の出所に問題がありました。今回の建設費は、
東電でなく国が支払ます。

凍土壁だと前例がないので「研究開発費」という一般会計の予備費から
捻出できます。しかし、粘土壁だと、通常の一般会計からの支出となり、
財務省が難色。このような経緯で凍土壁となりました。

建設予算は約一千億円。その後、ランニング・コストもかかります。
一体、この工法、うまく行くでしょうか?

小麦畑
wheat
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