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渋谷の二年生・東大クラス

渋谷教室でも、二年生が少しずつ塾に慣れてきました。
附高生が多いこのクラス。六人ほどいますね。

今はみんな、まだ教室の後ろに座ってます。けれど今後、
実力が上がってきて、そしてクラスの人数も増えるにつれ、
前の方に座るようになるでしょう。

生徒がどこに座るかなど、私の方から指図すべきことではありません。
前に座って聞いてみよう。自然にそう思ってもらうことが大切。
附高生が前に来るには、まだまだ時間がかかるでしょう。

野イチゴ
berries

池袋の二年生・東大クラス(2)

四月から始まったこのクラス。少しずつ慣れてきました。
男子は開成や城北。女子は豊島岡から。もちろん日比谷生も。
実力者が揃いました。

行事などで、なかなか全員出席にならなかった、このクラス。
けれど勉強が進むにつれ、毎回出席することの大切さも
分かってくるでしょう。

移転して新しくなった池袋教室。
気持ちを新しくガンバりましょう。

夏祭り
summer festival

ソウルの光

BoAがソウルの街を明るく歌い上げます。日本で大ヒットしたBoA。
けれど韓国内で、それほどバッシングされなかったのも、
こんな曲を歌ってたからでしょう。

韓国は日本と比べれば、まだまだ貧しい国。けれどソウル中心街は
東京と変わりません。立ち並ぶ高層ビル。オシャレな店。
そんなソウルに朝日が差す一瞬を捉えた曲。

朝早い大地に 降り注ぐ日ざしが 眠ってた生命を起こす時
青い空を見て 目覚める花びらが 伝えてくれる始まりに
目を向けてみて 耳元かすめるものさえ 美しいのは
まだ知らない未来が 輝いているから

合わせた両手いっぱいに降り注ぐ 暖かさの中で分かっていくでしょう
さあ ソウル 輝く夢を追って 飛んでいく明日は眩しいよね
あの眩しい日ざしのように

音もない小さな星の一かけらさえ 夜空を包み込めるのよ
天まで伝えられた 熱い記憶のように 散らばった小さな力を
集めてみよう 目の輝きが 呼ぶ街ごとに 隠れてる
柔らかい笑顔を込めて 伝える物語

合わせた両手いっぱいに降り注ぐ 暖かさの中で分かっていくでしょう
さあ ソウル 輝く夢を追って 飛んでいく明日は眩しいよね
あの眩しい日ざしのように

My Memory

冬ソナ・大ブームの一因はこの曲の美しさにあったと言っても
過言ではないでしょう。"My Memory"。

冬ソナのテーマを一つ挙げるなら「記憶」。それを正面から歌った
この曲。ドラマの大切なシーンで流れてきます。十年経った今も、
決して色あせてません。

My Memory あの瞬間は全て覚えてるよ 目を閉じれば とても
小さなことも目に浮かぶ 君は遠くに 届かない所へ 愛してるって
言葉も 待ってるって言葉も 言えないまま

ホンとに分からなかった こんなふうに 君とまた会えるなんて
思ってもみなかったよ 今も愛してる 今からでも言うよ
ずっと 君を愛していたい 遅くないなら こんなふうに
僕と一緒にずっと

長い間 君は僕の胸に生きてたよ 多くの時間が流れても とても
遠くにいても ホンとに分からなかった こんなふうに
君とまた会えるなんて 思ってもみなかったよ

今も愛してる 今からでも言うよ ずっと 君を愛していたい
遅くないなら こんなふうに 僕と一緒にずっと

新宿の二年生(2)

附高・男子が欠席した他は全員出席。火曜日・二限。
一学期かけて、やっと塾での勉強に慣れてきました。
二年生をその気にさせるのには、時間がかかります。

慣れるのに一学期かかったとはいえ、それでも夏から
本格的に勉強できるなら、十分に早いスタート。
勝負はこれからです。

今は予習してくる人も少ないこのクラス。
私もやかましく言ってません。けれどその気になるにつれ、
自然に予習へ向かうでしょう。

二年生への接し方は受験生とは全然違います。
時間をかけなくてはなりません。

夏空
summer sky

北朝鮮・帰国事業

1959年(昭和34年)12月から始まりました。在日朝鮮人が
祖国・北朝鮮に帰国する事業。日本と北朝鮮は国交がないため、
両国の赤十字を通して、帰国事業が行われました。
1984年(昭和59年)まで二十五年間、続きます。

在日朝鮮人は圧倒的に韓国・出身者が多く、北朝鮮が「祖国」というのも
奇妙な話ですが、同じ朝鮮半島ということで、不問に付されました。

当時は岸内閣。「やっかい払い」の意味もありました。在日朝鮮人は
日本人からの差別もあって、なかなか就職できず、生活保護を
受ける者の割合が急増。その財政負担を減らす狙い。

「なべ底不況」により日本経済は停滞。高度経済成長は、
まだ始まってませんでした。何より十一万人もの在日朝鮮人が
「帰国」を熱望したため、それに応える意味がありました。
「早く北朝鮮に帰りたい」そんな集会が日本各地で開催されます。

北朝鮮は1950年代「千里馬」(チョンリマ)運動を通して、急速な工業化を
断行。日本統治時代、工業地帯の多くが北朝鮮にあったことも幸い。

一方、韓国はというと、朝鮮戦争の痛手から立ち直れず、
経済規模はアフリカ最貧国と同レベル。話になりませんでした。
今では信じられないことですが、北朝鮮が圧倒的に優位だったのです。

日本での朝鮮人差別。北朝鮮の工業力。そして輝ける社会主義の未来。
朝鮮総連だけでなく革新政党、大手メディア、進歩的文化人が
こぞって「地上の楽園」を謳いました。年配の人なら、
「北・讃美」の映像を憶えてることでしょう。

しかし新潟から船に乗り、いざ渡ってみると「永久の凍土」に帰国者たちは愕然。
船から見える景色だけで、みすぼらしさに心が震え、誰も船から
降りられなかったとか。一旦、船を降りてしまえば、それで終わり。
日本との連絡も取れず、永久に閉じ込められてしまいました。

九万三千名の帰国者。うち日本国籍者は七千名近く。夫が朝鮮人だったため
北朝鮮に渡った「日本人妻」は千八百名。残り五千名は彼らの子供でしょう。
在日朝鮮人が北朝鮮でどうなろうと、望んで行ったわけですから、同情の
余地はありません。けれど不憫なのは日本人妻、子供たちです。

最初だけ、金日成が「帰国者」を自ら出迎え、暖かく接しましたが、
じきに化けの皮がはがれます。日本人は最下層「成分」に入れられ、
周囲からの差別に苦しみます。暖かく穏やかな日本社会とは全く違う、
過酷な北朝鮮。そして朝鮮男・特有の家庭内暴力。

「日本に帰りたい」と呟いただけで密告され、管理所送りになることも。
日本人妻はまさに、この世の「地獄」を見ました。自殺した日本人妻も
多かったとか。脱北者の話から、その惨状がうっすらと伝えられてます。

朝鮮総連だけではありません。帰国事業を喧伝(けんでん)した革新政党、
大手メディア、進歩的文化人は今、日本人妻に道着的責任を
感じないのでしょうか? 彼女たちについて今、
一言もないとはどういうことでしょう?

日本人妻が現在、生きてたとしても七十~八十代。現在の日朝関係を
考えれば、彼女たちの日本帰国は、もはや絶望的です。

カタツムリ
snail

外語、日本史でも受験可能に

外語の二次試験は長い間、英語、世界史。ですが来年度・受験から、
日本史でも受験できるようになりました。二次試験に二科目しかない外語。
受験科目の少なさと、学生の薄っぺらさは比例。帰国生で、
少し世界史を勉強すれば、誰でも入れる大学。

中味ないことを、外国語でペラペラ話して喜ぶ女子学生ばかり。
それはグローバル競争とは何の関係もない、おままごと。
お嬢さんでは、どこに行っても通用しません。

現在の外語教員ライン・アップを見ても、語学で世界に伍していくことの、
ホンとの意味を教えてくれる者も全くいないようです。この点で、今、
引退時期の老人教員たちが、後継者作りの努力を、
全く怠ったことの咎めは大きい。

日本史・受験が可能になることで、外語の雰囲気も少しは変わるでしょう。
もっと言えば、英語、社会しかないのですから、外語は世界史、日本史の
両方を受験科目にすべき。そうすることで、幅があり、クセある学生が
集まってきます。

社会・二科目受験の準備をした東大・受験生が、東大を諦める時、
外語がそれなりの選択肢にもなるはず。男子学生の比率も増えていくでしょう。
いずれにせよ、外語は今のままでは全くグローバルに通用しません。
外語がグローバルに通用しないということは、存在意義に関わります。

真にグローバルな人材。それは日本人としてのアイデンティティを
シッカリ持ち、その上で外国人と互角に戦っていける者。語学力は、
あったにこしたことはありませんが、現場で苦労しながらでも学べるもの。
必須条件ではありません。

海外から帰ってきた帰国生。ペラペラ外国語を操る外語生。
そんな彼らの、その後。それが、どれほどパッとしないか、
社会全体で共有されるようになってきました。

外語を見る企業の目は、ますます厳しくなってます。
外語に行こうと思ってる人は、そこを見つめるべきでしょう。

金魚
goldfish

国際高等教育院

拡声器を通してキャンパスで声を張り上げるのは、左翼学生の
特権とばかり思ってましたが、今は少し違うようです。京大キャンパス。
いい年した教員がキャンパスに出て、京大生に何か訴えてます。

遠巻きにして立ち止まる学生たち。とはいえ大部分の京大生は無関心。
当事者意識ゼロ。何しろ、普段からロクでもない授業しか、してない
教員が、今さら何か叫び始めても、どうせ大した話ではないと
分かってるからでしょう。

そして実際、大したことない話。京大で総長と教員が対立。総長の辞任を
教員が求める事態にまで発展。総長が一般教養の代わりに
「国際高等教育院」を設置すると発表。外国人・教員の数を
百名程度まで増やし、英語で行う授業数も増やします。

これに一般教養の教員が猛反発。今に至ってます。どこの大学でも、
一般教養は何の役にも立ってません。ならば、せめて英語で読み、書き、
話し、聞きの訓練を徹底し、「英語で学問を学べる」下地を作った方が、
まだいいではないか、というのが京大総長の意見。

日本社会での英語公用化には反対の私も、大学の授業くらい、英語で
受けようよ、ということには大賛成。たとえ教員、学生が日本人でも、
英語で全ての講義を行う。当たり前の作業でしょう。

ところが、この当たり前の作業が日本の大学では全くできず、一般教養の
二年間が空白。日進月歩の世界競争で、この空白は致命的。

実際、京大は独創的な研究者を輩出できず、ノーベル賞・受賞者も
途絶えてしまいました。昨年、話題になった山中教授も、
出身は神大。京大ではありません。

「自由」が売りだった頃、京大の一般教養については「九十九人のバカと
一人の天才を生みだす学風」と語られてました。実際、今も京都での
自由な日々を懐かしむ卒業生は、少なくありません。

とはいえ、大学が大衆化し、知的レベルが下がるにつれて、
京大の自慢だった自由は独創へと向かわず、
愚鈍、怠慢へつながっていきました。

実際、今、東大生、京大生の知的レベルは、お話にならないほど、
落ちてます。あえて救いがあるとするなら、理系学部で、世界最先端への
道が開かれてる程度。文系学部は押し並べて「悲惨」の一語。

ならば無駄な一般教養などやめて、英語の運用能力だけでも高め、
その力を付けて専門課程に入ってもらおう、という京大総長の判断は、
現実を冷静に見つめた判断とは言えないでしょうか?

AIUやAPUという地方大が、英語特化カリキュラムを組んで成果を
挙げてます。それが京大で、できないはずありません。

反対してる教員にしても、奮起して英語を勉強し直し、自分の
学問分野を英語で表現する良い機会と、捉えてはどうでしょうか?

最初は失敗ばかりで恥をかいても、やってるうちに、うまくなっていく
でしょう。大学の一般教養という場所では、たとえ失敗しても、
誰にも迷惑はかかりません。

目の前のハードルは、新しい世界への産みの苦しみと考え、
現在の自分の枠を壊し、教員もグローバルな学問競争に
身を曝(さら)すべきではないでしょうか?

失敗し、恥をかきながら、それでも英語で何かを伝えようとする教員の
姿から、京大生も学問研鑽とはまた違う人間力を感じるはず。

とはいえ今の京大。そう考える教員は皆無。自分の枠を壊されることに
恐怖する凡人集団。新しい自分を見つけよう、など思いもせず、
反対運動に血道をあげるオヤジたち。それを見つめる
京大生の視線が冷ややかなのも、当然でしょう。

風鈴
sound

東大、秋入学・見送り

二年前、東大が大々的に発表した秋入学。今回、教授会の反対で
見送りとなりました。社会のさまざまな分野に波紋を投げた提言。
それが反故に。一体、どういうつもりでしょうか?

企業の社長が対外的に重要な発表をする場合、当たり前ですが、
事前に社内議論を繰り返し、まとめ、それから発表するはず。

ところが今回、総長の勇み足。事前の議論も、すり合わせも一切なく、
総長が独断で発表。教授会は世間と同じように狼狽し、
一も二もなく反対に。

東大と言えば、偏差値トップの大学。社会的評価も高いはず。なのに、
この体たらく。一般社会では、あり得ない事態。戦後、大学が過保護に
守られすぎた結果、こうなりました。実際、今、大学生なら、日本の大学が
どこもかしこも、いかに腐っていて、改革しようもない場所だと薄々、
気づいてるでしょう。

けれど教員、学生ともに、保身と怠慢から抜け出せず、時を過ごしました。
一般社会で、そんなことをしてれば、社会から取り残され、退場を
命じられますが、この市場原理が大学、特に有名大には働きません。

大失態の東大。でもよく考えてみれば、総長の勇み足も分からないわけでは
ありません。頑迷固陋(がんめい ころう)な教授たちを前に、議論、
すり合わせなどやってては、百年経っても改革はムリだと判断し、
独断で発表したのではないでしょうか? ある意味、捨て身で?

守られた場所は、居心地いいようでいて、人の進歩を止め、生きることを
妨げます。ホンとは、入学時期の議論より、東大を談論風発の魅力的な
場所にするためにはどうすればいいかを、教員、学生が一体で、
自分たちで考えるべきです。留学生の手助けなど、
借りる必要もありません。

その当たり前の議論をイヤがり、目前の雑事に奔走し、時間を潰して、
結局、何も得られない東大の教員、学生。今回、改めて日本の大学が
抱える問題の根深さが浮き彫りになりました。

緑
green

日比谷・合唱祭2013

日比谷・三大行事の一つ、合唱祭。それが日比谷公会堂で
開かれると聞いて、私は梅雨の中、都営・三田線で日比谷に
向かいました。眠い目をこすりながら。塾講師の朝は遅いのに。

あいにくの雨。けれど公会堂・玄関では合唱の最終練習。
日比谷生の合唱祭にかける意気込みは、並々ならぬよう。
入場する私も何となく緊張。

会場に入れば、一般席は満員。私は最後列。
これでは教え子たちの雄姿も見れません。

とはいえ合唱祭。声で勝負する行事なれば、
近い・遠いは関係ありません。

確かに聞いてると、涙こぼれる歌詞もいくつか。
日比谷生。曲目の選択には工夫を凝らしたようです。

指揮・女子。ピアノ伴奏・男子。そんな曲目が目白押し。
両手を広げてアピールする指揮・女子。
甘い調べを奏でるピアノ伴奏・男子。

私が高校生の頃、混声合唱と言えば、
指揮・男子、ピアノ伴奏・女子が定番だったのに。
いつのまにか、時代は変わっていました。

24Rの「やさしさに包まれたなら」。男子の独唱で始まります。
ユーミンの難しい曲を軽快なコーラスに。

カーテンを開いて 静かな木漏れ日の
やさしさに包まれたなら きっと
目に映る 全てのことはメッセージ

ユーミンのセカンド・アルバム"MISSLIM"三曲目に
収録されたこの曲。懐かしい曲を、時空を超えて今、
若い日比谷生が彼らのアレンジで再現。
拍手する私の手にも力が入ります。

38Rの「きみ 歌えよ」。男女混声の魅力が最大限に。
作詞・谷川俊太郎、作曲・信長貴富。
一級の曲目を日比谷生が歌いました。

きみ 歌えよ きみ 歌えよ きみのこと
洗いざらい ひとりで歌えよ

壊れたギター 抱きしめて
歌えば 誰かがいつか耳すます

この曲は二位に。そして一位に輝いたのは35Rの「種子」(たね)。
審査員・講評では全員一致で、この曲を「梁田賞」に推したとか。
梁田賞と一位をダブル受賞。

たとえ世界の終りが 明日だとしても
種子(たね)を播くことができるか?

ああ、寺山修司。一体、彼はこの絶望的な詩を書いた時、
ずっと、ずっと後になって、眉を知性で濡らした若者たちによって、
自分の詩が、東京の中心で高らかに歌われるだなんて、
知ってたでしょうか?

夏
summer sweets

十四号・管理所からの脱出

北朝鮮の管理所には二つあります。囚人教育を専門とする「革命化区域」と
生きては出られない、労働だけで人生が終わる「完全統制区域」。

シン・ドンヒョクは完全統制区域で、兄弟の弟として生まれます。
母親と兄と管理所の中で暮らします。物心ついた時から、母親は
食物のことでシンを殴りつけます。その暴力は、
管理兵よりも恐ろしかったとシンは言います。

外の世界を知ることなく、金日成や金正日も知らず、
シンは管理所の中で成長します。洗脳する価値すらない子供でした。

栄養不良のため、いつもフラフラしてたシン。
ある日、母親と兄が白米を食べてるシーンを目撃。
しかもその時の会話が。

ここを抜け出そう。

普段、食べ物に厳しい母親が、兄と白米を食べてることに、
シンは強烈な憎悪を抱きます。しかも管理所では血縁よりも
管理兵への忠誠が何よりも優先。シンは管理兵に二人の計画を密告。

母親と兄は公開処刑されることになりました。処刑場に行ったシン。
母親と目が合っても、特別な感情が沸きません。
当然のことをした、くらいの感情。

密告で報酬にありつけると思ってたシンは、
管理兵に手柄を横取りされます。

挙句の果てに、二人の計画に加わってたのではないか、
という嫌疑をかけられ、拷問される羽目に。下から火で
焙(あぶ)られる拷問。シンの背中には、
今も消えない火傷のあとがあります。

数年後、管理所にパクという囚人が入ってきます。
インテリで、外国を見たこともある人物。

シンはパクから初めて、外の世界の話を聞きます。
シンの心を捉えたのはパクが語る「焼肉」。

いつか、焼肉を食べたい。

シンはパクと脱出計画を練るようになりました。
2005年1月2日、二人は計画通り、管理所の壁まで辿り着きます。
そこには3mの壁。そして高電圧が流れる有刺鉄線。

まずシンを踏み台にして、パクがよじ登ります。
ところが火花が散り、上にいるパクが動かなくなりました。

やがて体が焼ける匂い。シンはすぐさま、鉄線の上で
動かなくなったパクを絶縁パッドにして、壁の向こうに脱出。
初めて見る管理所の外の世界。シンは振り返りませんでした。

さまざまな賄賂を使って、シンは中国経由で、奇跡的に北朝鮮を脱出。
韓国に渡り、自由の身に。けれど時が経ち、自由や愛の意味が少しずつ
分かるにつれ、管理所での記憶が蘇(よみがえ)ってきます。
その記憶に苦悶するシン・・・

アメリカ人ジャーナリストがインタビューする形式。
北朝鮮の管理所、特に完全統制区域から出て来た人はいません。
北朝鮮を知るための貴重な記録。今年・上半期のベスト・セラーです。

アジサイ
hydrangea

スミレ

冬ソナのバラードと言えば、これ「スミレ」。
さまざまなシーンで流れます。

僕が初めて 君に会った時 君は小さな少女だった
髪にはスミレ 君は笑いながら 僕に言ったね
とても遠く 鳥のように 飛びたいって

僕がもう一度 君に会った時 君はとてもやせてて
額には汗 君は笑いながら 僕に言ったね
とても小さなことにも 涙が出るって

僕が最後に 君に会った時 君はとても穏やかだった
窓の外を見つめて 君は笑いながら 僕に言ったね
真夜中でも 起きていたいって

女子の成長を見つめる曲。一体、この曲の最後で、彼女は幸せに
なったのでしょうか? その幸せは世間一般で言われるような
ものだったでしょうか?

英作文・集中講座

新宿教室での一日イベント。英作文を学びましょう、という講座。
私が担当しました。三時間。本科でいつも会ってる人と、
今回初めて会った人とが半々。

自由英作文については、答案を提出してもらいました。
早速、添削しておきましたから、数日中に郵送で届くことでしょう。

外国語で自分の意見を表現することは、ライティングであれ、
スピーキングであれ、ワクワクする経験。

けれど日本の受験英語は、今だリーディングとリスニング中心。
これでは語学の真髄に触れることはできません。

というわけで今回の講座。外国語で自己表現する時の秘訣、
みたいなトコまで迫ることを目標にしました。
その目標は達成されたでしょうか?

夏空
summer sky

横浜共立の卒業生(2)

土曜日の横浜教室。スタッフの席に見覚えある女子。
今春まで教えてた横浜共立生。塾でアルバイトを始めたようです。
「上智に受かりました」と報告に来て以来。

どこに進学したんだろう、と思ってましたが、
聞けば慶大・文に進学。日吉に通ってるとか。

教え子がスタッフとして加わってくれるのは、
私としてもウレシイ限り。とはいえ、生徒として接する時、
それは、あくまでも「お客さん扱い」。

一方、仕事で接するからには、私も社会人の顔を見せることになります。
そのような経験から、彼女も社会について、言葉でなく
いろいろなことを学んでいってくれるでしょう。
一緒にガンバりましょう。

幻
early summer

二周年です

このブログを始めて二年になりました。
最初は「教え子向けに受験ブログを書こう」というノリ。
けれど始めてみると経済あり、歴史あり。
何でもありのブログになってしまいました。

けれど、この世の多様性に目を向けるなら、
枠からの越境も、やむを得ません。

これからもガンバって書いていきましょう。
韓国のこと、塾のこと、人生のこと。

六月
June

駒場高校(2)

駒高生が二人、渋谷教室に通ってます。二人とも男子。
一橋クラスと読解クラス。駒場から渋谷へは目と鼻の先。
通いやすいのか、二人とも休まず出席。
夏以降が楽しみですね。

都立高校の中には、潜在力があるのに、今一つそれを
開花させてない高校もいくつか。駒高もその一校。

効果的な受験勉強に触れれば、駒高の進学実績も劇的に変わるはず。
二人には、その先駆者になってもらいましょう。

緑白
green white

渋谷の一橋クラス(2)

最初は男子一名、女子一名でやってた、このクラス。
徐々に増えてきて現在、五名。男子が塾の扉を叩きました。

一橋・入試と言えば、英作文。百二十~百五十語で自由に
自分の意見を述べるよう要求されます。私のクラスでは先週から、
テキストが終わった後の時間で、この英作文を実施。

読解、和訳はテキストでカバーできますが、英作文は、自分が
書いたものを添削してもらわないことには、どうしようもありません。
これから何度か英作文の時間を作っていきましょう。
みんなも、楽しみにしてて下さい。

自分の意見を外国語で表現することは、スピーキングであれ、
ライティングであれ、ワクワクすること。その片鱗でも味わってみましょう。

花
June

渋谷の読解クラス

金曜・二限のクラス。二十名ほどでやってます。元気いい女子が、多いクラス。
読解クラスということもあって、話がテキストから逸れてしまうことも。

最初は英語だけ勉強するつもりだったけど、そこから世界の
さまざまなことに興味が出てきた。

受験を成功させた後、そんな気持ちを持ってもらえることを目指します。
語学はもともと世界を広げるための勉強。受験勉強の中で、
語学に出会ったとしても、その基本は変わりません。

受験が受験だけで終わっては、あまりにもツマラナイ。
一度しかない人生、できるだけ複数に生きていきたいもの。
高三の一年間は、受験だけのためにあるのでは、ありません。

ケーキ
cake

dispose(2)

"dispose"には「その気にさせる」という意味があります。
後ろには不定詞が来て、しかもたいていは受身形。
"be disposed to do"の形を取ります。

Then I felt disposed to sentimentalize the incident.
その時、私はその出来事を感傷的に考えたい気分になった。

夏
summer

早稲田の二年生

今年、早稲田の二年生が三名。新宿教室に二名。池袋教室に一名。
早高の場合、推薦で早大に行けるのは、全体の六割ほど。
しかも成績で決まりますから、ガンバっとかないと、
早大に進学できません。彼らが塾に来るのはそのためです。

他大学への進学も。池袋教室で私の担当は東大クラスですから、
早大進学の道を捨てて塾に来たのかもしれません。

星雲の志を胸に塾の扉を叩いた早高生。
私も彼らの期待に応えないといけません。

幻
cookies

サレジオ学院高校(3)

横浜教室・国立クラスにサレジアン。三名の男子。二年生の頃から持ち上がり。
英語はそんなに得意じゃない、そんなノリで受験勉強を始めた彼ら。
なんとかしないとマズイ、そう思って塾に来たのでしょう。

二年生・三学期から本格的に始めたわけですから、一学期を経て、
夏休みには、ある程度の結果を出したいもの。模試を受けて、
客観的な形で数字を出しましょう。模試なんて、あてにならない、
と言ってしまえばそれまでですが、やはり目印みたいなものは必要。

学校行事でもない限り、キチンと出席してるサレジアン。
三人だけでなく、横浜教室で最近"Salesian"のシャツを
よく見かけます。学校で評判になってるのかもしれません。

北山田からは、渋谷へも横浜へも通いやすい。
サレジアンにはもっと集まってほしいですね。

夢
early summer

大塩平八郎

大坂・奉行所の与力、大塩平八郎(おおしお へいはちろう)。
奉行所の腐敗を目にして義憤に駆られて決起した、
そう歴史書には書かれてます。

しかし平八郎が経済通だったことを知る人は少ないでしょう。
というより、平八郎が奉行所や幕府へ不信を募らせていくのは、
経済問題からでした。

当時「無尽講」(ぶじん こう)という投資組合がありました。
無尽講の会員となり、掛金を払えば、配当を受け取れる仕組み。
これだけなら「頼母子講」(たのもし こう)などと同じで
特別、問題にはなりません。

けれど掛金・二千四百三十両に対し、配当千七百十三両。
七百十七両もの差額が無尽講・主催者に転がり込んでたことを、
平八郎は見抜きます。複雑な帳簿不正を見抜く経済リテラシーが、
平八郎にはありました。

この不正には大坂城代や京都所司代も関わっていて、
大規模な汚職事件に発展しかねない勢い。

ところがこの不正。幕府によってもみ消されます。何名かが罪を
かぶっただけ。その処分は、平八郎に「とかげのしっぽ切り」だと
見えたことでしょう。

平八郎は奉行所を退職して隠居の身に。私塾を開き、陽明学を教えました。
「知行合一」(ちぎょう ごういつ)を説く陽明学。弟子たちを前に、
平八郎の声にも力が入ったことでしょう。

1833年(天保4年)から三年続いた凶作。大坂の民は飢えに苦しみます。
けれど大坂・奉行所。大坂に入るはずの米を、なんと江戸に回し、
幕府に取り入る姿勢。民の困窮は無視されました。
平八郎は奉行所の姿勢に絶望。決起を決意します。

奉行所時代のつてで武器を購入。高槻藩から大砲。堺から鉄砲。
自らの蔵書・千二百四十一冊を売り払った代金・六百六十八両。
それを民に惜しみなく分配。賛同者を募ります。

1837年(天保8年)2月19日、弟子たちと共に立ち上がりました。
早朝からの決起。「救民」の幟(のぼり)を立て、大坂・奉行所へ。
命を捨てた行動。そばには長男・格之助がいました。

けれど決起情報をあらかじめ掴んでた奉行所。
決起軍をたやすく蹴散らします。決起は半日で終息。

平八郎は3月27日、潜んでた家屋を幕府に取り囲まれ、
長子・格之助と共に自ら家に火を放ちました。
平八郎の代表書「洗心洞察記」から。

正義と私利 誠と嘘偽り その境目をごまかして 過ごしてはならない
口先だけで 善を説くことなく 善を実践しなければならない

白
white

戸山高校(11)

昨年は女子ばかりだった戸山生。今年は打って変わって男子ばかり。
しかも池袋教室、新宿教室、渋谷教室とバラバラ。池袋教室の男子に
戸山祭について聞いてみました。すると「もう準備は始まってますよ。」

九月の戸山祭。今年はぜひ見にいきましょう。教え子たちが時間と
エネルギーをかけて作り上げる映画。今から楽しみです。

花束
bouquet

日比谷の二年生(2)

日比谷の二年生。今のところ二人。池袋教室と渋谷教室。
どちらも女子です。四月から塾に通おうというあたり、
気合いが入ってますね。

二年生の東大クラスですから、今後、
日比谷生が徐々に増えていくでしょう。

日比谷は東大・合格者が三十名のラインを超えたところで
足踏みしてます。ここは塾パワーで日比谷の進学実績を
応援しなくてはなりません。

花
daydream

日経平均、1万3000円割れ

今日の日経平均、前場が終わった段階で200円ほど下げ、
1万2700円。直近高値から半月ほどで二割の減少。
高値で買った人は大丈夫でしょうか?

株はゼロ・サム・ゲーム。誰かが儲ければ、誰かが損をします。
今回、儲けた人は1万3000円ほどで売り抜き、
後の上昇相場については眺めてただけ。
「ああ、もっと儲けられたのに」なんて思う人は素人。

期待感だけで上昇した相場ですから、一旦、
下落し始めると、そのスピードも速い。

ただしチャートを見れば、日経平均が再び1万円を切ることはなさそう。
下落が落ち着き、日本経済の成長を確認できてはじめて、
また参戦すればいいのです。その間、資金は寝かせておきましょう。

のべつまくなしに取引してないと気がすまない、という人。
そういう人は株の世界で生き残っていくことはできません。

ネコ
cat

青高・体育祭2013

六月の穏やかな午後、青高で体育祭やってると聞いて、
授業前、行ってみることに。銀座線・外苑前。

正門くぐってグラウンドに出てみると、色とりどりのTシャツを着た青高生。
数えてみると色は四つ。赤、青、緑、白。それぞれ団に分かれ、赤団、
青団、緑団、白団。隣の國學院高校ベランダには生徒が溢れます。

さて午後の競技。応援団演技もあったらしいのですが、
私が行った頃、ちょうど終了。見れませんでした。

グラウンドを歩いてると、知ってる卒業生がチラホラ。
昨年、教えてた女子。彼女たちもビックリしたよう。

先生、なんでここに?

午後の競技は進んで、ムカデ競走。いかだ流し。そして三人四脚リレー。
三人で肩を組んで走ります。呼吸が合わないと、すぐに転んでしまうはめに。

見てると、赤団の男子。渋谷教室の教え子。教室では、
ほとんど発言しない彼。けれど懸命に走ってます。結局、赤団が
一位でゴール。総合得点でも、この時点で赤団がぶっちぎり。

騎馬戦。棒倒し。そして色別対抗リレー。体育祭のトリです。
一年生、二年生、三年生の男女選抜チーム。

一年生・女子から走り始めます。そして一年生・男子。
二年生・女子。そして二年生・男子・・・

最初は赤団がトップに立ちます。けれどレースが進むにつれて、
白団が猛追。やがて赤団は離され、後ろから来た緑団との勝負に。

赤団の三年生・女子。なんと新宿教室の教え子。トップの白団は、
遥か向こう。けれどバトンもらって懸命に走る姿。
私の声援にも力が入ります。

高校の体育祭らしく、終わったらすぐに閉会式。私も新宿教室に行かねば
なりません。梅雨入りしてるのに晴れてよかった。私も少し、
日に焼けたようです。

空
sky

女子学院高校(3)

新宿の文法クラス。二限ですから夜も遅いクラス。
そこにJG生が二名。春期講習からずっと一緒です。

本格的に受験勉強をスタートさせたのは、この春から。
二人とも、まだ結果を出すところまで至ってません。

けれど、それもこれから。一度も休まずに来てる二人。
夏あたりから徐々に手応えを感じ始めるはず。

とはいえ「できるようになった」という手応えは、
早ければ早いにこしたことはありません。

秋の模試で良い成績を取り、その勢いで受験勉強を逃げ切るのが
ベストのパターン。そう。夏でなく、今が勝負です。
JG生二人も、それを分かってるのでしょう。
さあ、梅雨が終われば夏です。

幻
phantasy

横浜翠嵐高校(4)

土曜日の横浜教室。国立クラスに翠嵐生が三名。男子・二名と女子・一名。
男子は昨年のクラスから。そこに春から女子が加わりました。
もちあがりの多いこのクラス。例年よりレベルが高め。
新しく入ってきた女子も何とかついてきてます。

鶴屋町の交差点を上がり、左に曲がると横浜翡翠高校。教室からは
近い場所。もっと塾の扉を叩いてほしいもの。

全国的に公立高校が躍進する中、神奈川でも翠嵐、湘南が進学率を
伸ばしてます。今春実績では東大に翠嵐17名。湘南14名。翠嵐の場合、
現役での合格者も10名ですから、学校全体のレベル・アップが窺えます。

さあ、もうすぐ夏。夏期講習が始まります。今まで部活で忙しかった
翠嵐・現役生がドンドンやって来るでしょう。そんな彼らが、レベルの高さに
唖然とするような授業を展開しなくてはなりません。
今から気合いを入れてるところです。

瓶
bottles

ゴールドマン・サックス、中国から撤退

ゴールドマン・サックスは先月二十日に「中国工商銀行」(ICBC)の株式売却を
始めました。その額11億ドル(1100億円)。保有するICBC株を全て売却。

ゴールドマンは七年前の2006年(平成18年)にICBC株を購入。
ICBCは当時、多額の不良債権を抱え、経営が悪化。

しかしその後、中国の高度経済成長の波に乗り、ICBCの時価総額は
2400億ドル(24兆円)にまで成長。 ゴールドマンは購入して三年後の2009年、
部分的に売却を開始。利益確定を始めました。

この一年間で数回に亘り、売却。昨年四月に25億ドル相当を売却。
今年一月に10億ドル相当を売却。 残りの11億ドル相当を全て売却すれば、
ゴールドマンは合計で101億ドル手にすることになります。
安値で買って、高値で売り抜けるみごとな投資手法。

ゴールドマンがICBC株を売り切ったことには「中国経済に、これ以上の
成長はない」との判断が窺えます。情報収集と分析力では卓越する
ゴールドマン。その撤退は、中国に進出する外資に、
大きな波紋を投げかけてます。

花
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