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近大が受験者数でトップに

今年度の大学入試で受験者数トップに立ったのは大阪の近畿大学。
7462人増えて10万5890人に。二位は明大、三位は早大と続きました。

農業・漁業での実用的な研究。オリンピックでの近大生の活躍。
そして広くて明るい校舎。かつてのバンカラな近大が、
オシャレな大学に生まれ代わりました。この人気は、
大学側の周到な準備によるもの。当分、続くでしょう。

首都圏の大学が関西圏の大学にトップを明け渡しました。
今、私大の勢力図が大きく変わろうとしてます。時代について
いけない大学は取り残されるばかり。顧客である受験生は、
それをシッカリ見つめてます。

水面
water

大阪医科大学

京都と大阪の間にある高槻(たかつき)。ここに大阪医大はあります。
阪急・京都線の高槻市駅からすぐ。キャンパス隣には高槻高校の校舎も。
1927年(昭和2年)に大阪高等医学専門学校として設立されました。
関西の私大・医学部としては最古。

正門を入ってすぐ右に歴史資料館。なんとイスラム様式。
装飾もアラベスク。医学専門学校時代の校舎を、ここに移設。
2003年(平成15年)高槻市で初めて国の有形文化財に指定。

大阪医大の特色はPBLチュートリアルに力を入れてること。
三年次から始まります。小人数での演習と研究発表。
2005年(平成17年)に竣工した新講義実習棟。
ここではPBLチュートリアルのための教室が42室。

五年次から始まる実習はキャンパス隣にある附属病院で。
29の診療科、915の病床数を誇ります。
学習環境としては申し分ないですね。

自由な校風で、それが学生、卒業生、教員の誇りになってます。
とはいえ自由だから勉強しなくていい、ではありません。
大阪医大の建学の精神は「学を離れて医はない」。

実は大阪医大。近くにある大阪薬大と関西大・工学部との間で、
医・薬・工の連携を目的とした共同学部を構想。
2010年(平成22年)に設立予定でした。これができれば、
現在、求められてる医薬連携、医工連携に道筋ができます。

けれど文科省によってクレームがつけられ、頓挫。
その後、どうなったかニュースも聞こえてきません。

関西では官学の勢力が強く、医学の世界でも私大は一段下に見られがち。
けれど家に、そこそこの資産があるなら、こういう大学を
目指してもいいでしょう。学費は六年間で約3100万円。
学費に見合う教育は受けられそうです。

五月
May

立命館アジア太平洋大学

九州・大分にある別府市。湯煙り上がる温泉街で有名。良質な温泉が
あちこちに。全部、回るためには半年くらいかかりそう。

そんな鄙(ひな)びた街に2000年(平成12年)4月、立命館アジア太平洋大学が
設立されました。英語では"Asia Pacific University"。略して"APU"
(エー・ピー・ユー)と呼ばれます。

英語では「立命館」という名前が入らないように、
京都の立命館大とは、ほとんど交流がありません。

APUの特徴は留学生が多いこと。設立当初から九月入学を実施。
海外からの留学生を誘致します。現在、日本人学生・二千五百名に対し、
留学生・二千四百名で、ほぼ同数。海外でよほどのPRをしないと、
ここまで留学生を集められないでしょう。ちなみに、
日本人学生の大半は四月入学です。

学部はアジア太平洋学部と国際経営学部の二つ。
アジア太平洋学部は次のようなコースに分かれます。

環境・開発 観光学 国際関係 文化・社会・メディア

国際経営学部は。

会計ファイナンス マーケティング 経営戦略・組織 イノベーション経済学

授業は日本語と英語。日本人学生と留学生が共同で受講する授業では、
留学生からの活発な授業参加に日本人学生が刺激され、
日本人どうしでは不可能なプレゼンテーション(発表)や
ディスカッション(討論)が行われます。

もちろん、これが成立するためには相当な英語力が必要。
APU生は入学後すぐ、徹底的な英語の訓練を課されます。

そのため「アジア太平洋」という呼び名で、フッと思い浮かべるような
アジア諸言語の習得には、あまり力を入れてません。

アジアと関わる場合、英語での意志疎通になる場合が多く、
将来、どの地域と関わるか分からないわけですから、
学生の段階では英語をものにしておこう、ということ。
それは正しい姿勢でしょう。

とはいえAPU。別府駅・西口から大分交通バスで四十分もかかる場所。
バスは住宅街から丘陵地帯に入り、周囲には緑以外、何も見えなくなります。

突然、丘の頂上みたいな場所に見えてくる広いキャンパス。
APU生は四年間、ほとんどここを出ずに過ごします。

キャンパス内にある学生寮APハウス。ハウス1とハウス2があり、
日本人学生と留学生、両方を収容。APU生が温泉巡りをするとも
思えませんから、結局、勉強に集中する環境。

都会の大学に通い、バイトしても、結局、いくばくかの
バイト代を手にして、疲れて終わるだけ。

ならば田舎に引きこもり、逆説的ながら、そこで留学生から
広い世界を吸収し、その知識と技能を四年後の就活で披露。
満を持して、都会に出て活躍する。

この戦略は素晴らしくはないでしょうか?

かくしてAPU。設立間もない地方大にも関わらず、
目覚ましい就職率を挙げてます。秋田の国際教養大学とともに、
全国の教育機関が注目する大学に。

伝統校が改革も自浄できずにいる今、しがらみのない
地方の私立大が意識的な大学運営を行い、素早く成果を挙げてます。
この機運は腰の重たい伝統校にも、いずれは波及していくでしょう。

紫陽花
hydrangea

近大みかん

和歌山県・湯浅町にある近大の附属農場・湯浅農場。
ここでは、温暖な気候を利用して、熱帯果樹類の
実用化栽培に関する研究・開発が進められています。

ここで栽培された「近大みかん」は、有機肥料で栽培。
木の間隔を広く取り、背丈も低くし、太陽の光を
シッカリ浴びて育ちます。

近大・農学部・農業生産学科の三年生が集中実習で、
みかんの収穫、選別、箱詰を行います。一つ一つ、
形と熟れ具合いを見ながら、丁寧に収穫。

「近大みかん」として販売されます。このみかんを使った
無添加みかんジュース「100% 近大です」も。

同農場では他に「近大マンゴー」も出荷予定。
品種改良の結果、糖度を高めることに成功しました。

近大は「学問は世の中に貢献してこそ意味がある」という
ポリシーの下、企業と合同でさまざまな商品を開発。

「リエゾン・センター」が大学研究と企業の
橋渡しをしてます。特許の出願、企業への研究成果アピールなど、
このリエゾン・センターが仲介となって行われてます。

理系だけでなく文系の学生が提案したビジネス・モデルの
事業化、デザイン・コンセプトの紹介も。

近大の勢いは止まりません。同志社や関学が古い
キリスト教・体質から抜け出せず、欧州凋落のあおりを受け、
今後、衰退が予想される中、実利を追求する近大の姿勢は
目を見張るものがあります。

今後、十年ほどで関関同立を抜く可能性も
出てきました。勢いというのは、そういうものです。
関西・私大の雄、近大。

昔、近大・卒業生と言えば、大相撲の大関・朝潮
(現・高砂親方)のイメージでした。

けれど、それも一変。昨年のロンドン・オリンピック。
競泳陣が日本を沸かしました。背泳ぎで活躍した
入江陵介(いりえ りょうすけ)選手は近大・法を卒業。

それもあって、今年の私大・志願者数ランキングでは、
近大は大幅に順位を上げました。東京の私大、たとえば、
早大・慶大・明大などが志願者数を減らす中、
近大は大健闘。未来ある大学です。

花々
flowers

西南学院大学

修猷館高校から道を隔てたすぐ北にあります。両校に何かつながりが
あるのか調べてみましたが不明。ヤフー・ドームの近く。福岡タワーも。
最寄駅は地下鉄・西新駅(にしじん えき)。

神学部。文学部。商学部。経済学部。法学部。人間科学部。国際文化学部。
いろいろあるようでいて、全て文系。それ故、一つのキャンパスに
まとめることができたようです。

キリスト教の「人間愛」に基づく教育を目指し、1916年(大正7年)に
設立されました。学内にはチャペルまで。都内の青学大、
明学大のような大学が、福岡にもできた、と言えば、
分かりやすいでしょう。

さて西南大。昨年度の入学者は1401名。このうち、福岡県内から1055名。
九州・沖縄地域から1316名。入学者のほとんどが九州・出身者。
当然、卒業生の就職先も地元の公務員、教員、JR九州、
九州電力などが目標。

地方の国立大は地元のリーダーを輩出する役割を果たしてます。
西南大も私学ながら、その役割を果たしてるということでしょうか。

ただし、この目標設定。そこそこ歴史のある西南大としては、ちょっと
低すぎないでしょうか? もう少し全国を見据えた大学運営をしても
いいのではないでしょうか?

小さくまとまった西南大からは、全国レベルの研究も出ず、ニュースも
発信されません。恐らく教員も、生え抜き研究者を出せず、九大や
他の有力大の植民地になってるのではないでしょうか。

そう。西南大。東京・大阪から、もっと学生を引っ張ってくる努力を
すべきです。そうでないと「九大落ちたけど、浪人もイヤだし」という
学生ばかりで占められるでしょう。見渡せば九州・出身者だらけ。
雰囲気も高校と変わらなくなります。

学部が文系だけということも、他者と接触できない、という点で
マイナス。西南大では本質的な驚きや発見を期待できません。

とはいえ西南大。この点にはシッカリ気づいたようです。
理系学部を二つ、設置予定だと発表しました。定員は500名。
早ければ2014年にもスタートさせたい、とのこと。

東京オフィスも設置。場所は東京駅・八重洲口。駅からすぐの
サピア・タワー十階。東京での足掛かりに。西南大が動き始めました。
大学も進化しなくてはなりません。

西南大が今後、全国的な研究をドンドン発表し始めれば、
それは東京、大阪の大学にも大きな刺激となるでしょう。

花
spring

福岡大学

福岡にある国立大は九州大。福岡大は私学です。福岡市の南、
七隈(ななくま)という、博多駅から西鉄バスで五十分もかかる場所。

周囲は住宅街。そこにキャンパスが広がります。ヤフー・ドームが
四十四も入る広さ。しかもワン・キャンパス。文系・四学部、理系・四学部、
それにスポーツ科学部を揃えた九学部。堂々たる陣容。もちろん医学部も。

九学部の一年生から四年生(六年生)までが全員、この七隈キャンパスで
学びます。総勢二万人。官学・私学を問わず、こんな大学は「福大」
(ふくだい)だけ。キャンパス中央に医学部・附属病院・新館。
その隣には医学部・付属病院・本館。

文系学部は「文系センター棟」という高層棟にコンパクトにまとめ、
敷地の大半は理系学部が占めます。キャンパス内には大きな池も二つ。

昨年七月、中央図書館も完成しました。一階は広いラウンジ。
ラウンジに入ると「知の大地」「光の森」といったオブジェが
訪問者を驚かせます。ガラス・ケースには稀観本の展示。
ヨーロッパ法に関する書物。あるいは江戸時代の漢詩文・・・

二階から図書館。座席数・二千。収容本・二百二十万冊。書架、机、椅子、
全て木製。検索端末も充実。施設としては申し分ないでしょう。
福大が全学部を一か所にまとめた意義は大きい。
そう言わざるを得ません。

大学が活性化するためには、まず人文が理念を醸し出し、
他学部に浸透させていくことが不可欠。偏差値の低い
人文がガンバらないといけないわけです。

けれど都内の私大を見ても、地方の国立大を見ても、
キャンパスがバラバラ。数十㎞離れて点在する場合も。

これでユニバーシティもおこがましいでしょう。
牽引役の人文は本来の役割を忘れ、低い偏差値に甘んじ、
理系はと言うと、理念を抜きにして、単なるスキル向上に
いそしむことになります。

結果、よい技術、よい製品は出せても、それをアピールできない、
価値創造を伝達できない、という情けない状況に。しかも
これは日本の大学だけでなく、外から見た時の
日本社会そのものではないでしょうか?

それに対して福大。人文が他学部に理念を広めるためのインフラを
シッカリ整えました。人文だけではありません。医・薬・理・工の間でも
今どき連携は不可欠。研究を進めれば進めるほど、法とのつながりも
出てくるはず。学際研究へと道が開かれます。

見たこともないものに接することでの自己崩壊。
これまで思いもしなかった地平線の発見。

学部を問わず、大学でやらねばならない作業は本来、
そういうものです。しかし残念なことに、日本の大学では、
教員・学生、上から下まで、そんなことを思いもしないのが現状。

各自、自分が壊れることを恐れ、専門分野を小さく作って、そこに
閉じこもりたがります。タコ足キャンパスが、その傾向を一層、助長。

ここは一つ、福大の奮起に期待しましょう。
「真のユニバーシティはこうだ」と大々的に世間に
アピールするのです。それを見て、慌てふためく大学も
多いのではないでしょうか。

福大の規模なら財務も安定してるでしょうから、東京・大阪など、
主要都市で福大の魅力をガンガン発信していけばいいのです。
そんな広告の方が、目ざわりで下品な予備校・広告より、
よほど社会の啓蒙にもなるでしょう。

九州という土地は辺鄙なようでいて、古来、たびたび日本の歴史を
動かしてきました。閉塞した日本の大学。この現状を福大が変えて
くれるかもしれません。今はまだ、実力を秘めながら、
眠ったままの福大。いつ目覚めてくれるか、
注目しておきましょう。

白梅
ume

京都外国語大学

大阪外語が阪大に吸収されて以来「外国語大学」は実質的には、
東京の外語と京都外大のみ。関西では、ある程度の存在感を持つ大学。

今月・初旬、京都駅からタクシーを走らせ行ってみました。二十分ほどで
京都外大・正門。京都の西・右京区にあります。正門を入ると、それほど
広くない敷地に、建物がいろいろ並んでます。建てられた時期が違うのか、
仕様がバラバラ。新しい建物もあれば、古い建物も。大学というより、高校。

戦後すぐの1950年(昭和30年)京都のこの地に設立。東京では「外語」とか
「外語大」と呼ばれますが、関西では「外大」。ここも「京都外大」。
学園祭も「外大祭」。学園祭で語劇が行われるのは、外語と同じ。

関西では外国語を本格的に学べる大学は、国立大では大阪外語に
限られてたため、京都外大は、大阪外語に落ちた人、あるいは他の国立大が
ダメだったけど、語学が好きだ、という人の受け皿となりました。

とはいえ外国語大学というのは、大学経営という視点から見れば、
儲からないものです。東京の外語も、昔の大阪外語も、文科省から
最安の予算しか付けてもらえませんでした。

外国語大学なんか、これくらいの予算で、なんとかなるだろう。

それが文科省の姿勢。国立大でこうなのだから、私立の外大を経営する
となれば、予算は常に逼迫。高校の佇まいも、ある程度、理解できますね。
さて京都外大。学科構成を見てみると。

英米語学科 スペイン語学科 フランス語学科 ドイツ語学科
ブラジル・ポルトガル語学科 中国語学科 日本語学科
イタリア語学科 国際教養学科

読者のみなさんは、この学科構成を見て、どう思うでしょうか?
現代にマッチしてると思うでしょうか?
 
そう。京都外大のカリキュラム。あまりに欧州偏重。四十年前のメンタリティ
そのまま。時代についていってません。今どき、スペインやイタリア、
ポルトガルの言語を学びたい学生が、どれほどいるでしょう?

こういった南欧諸国から最近、聞こえてくるのは、自分でお金の問題を
解決できない、情けない話ばかり。欧州の時代など、とっくの昔に
終わってます。なのに、京都外大の学科構成。少し頭の切れる
受験生には、すぐに足元を見られてしまうでしょう。

世界はアジアの時代に完全に突入。京都外大も、その方向へ舵を切るべき。
朝鮮語学科もないなど、大学・経営者は何をしてるのでしょうか?

タイ語、カンボジア語、インドネシア語、ベトナム語、モンゴル語・・・
京都外大が世間にもっとアピールするためには、これらの言語を
学べるカリキュラムにしていくべき。一般大学でも学べるドイツ語や
フランス語など、もっと縮小すべきでしょう。

京都外大。語学を志した私にとっても、ガンバってほしい大学。
けれど、このままでは早晩、受験生に見切られ、凋落が必至の情勢。
大学・経営者の慧眼(けいがん)と大胆さが、今、求められてます。

青
blue

沖縄科学技術大学院大学

沖縄県・恩納村に昨年の十一月、沖縄科学技術・大学院大学が開学。
教員・研究者の半数は外国人。学内の公用語は英語。
学部・学科の壁もありません。

この開かれた沖縄科技大。沖縄の地域振興の一環として
特殊な法律で設立。理系の私立大学。新しい大学だけに、
理念は先進的。まず研究分野が大きく五つに分かれます。

神経科学 数学・計算科学 化学・分子化学 環境・生態学 物理化学

この五つの中にさらに四十五のユニット。

光・物質相互作用ユニット 数理・理論物理学ユニット 発達・神経物理学ユニット
ナノ粒子・医工学・応用技術・開発ユニット・・・

四十七名いる教員の三分の二は外国人。これでは英語を使わざるを
得ません。理系研究に欠かせない実験装置は、個々の研究室でなく
共同スペースに。他分野の研究者と自然に交流が始まる環境。
今秋から毎年・二十名ずつ大学院生を入学させる予定。

画期的なのは、最初の二年間は三つの研究室で学び、その後、
専門・指導教官を決める方針を取ってること。タコツボにハマらない、
広い視野の研究者を養成します。もちろん英語でプレゼン、
ディベートできる能力は必須。こういう能力こそ、
日本企業が学生に求めてる能力。

沖縄らしく水産業・環境保全の研究も。サンゴ、アコヤガイなど
海洋生物がどういうゲノムを持ってるか解読する研究が
行われてます。学問振興と地域振興という明快な理念。

もちろん京大、阪大の理系学部の学生が「それならば」と沖縄科技大を
目指す状況にはならないかもしれません。しかし実績が伴ってくれば、
自然と優秀な研究者、学生が日本と言わず世界中から集まってくるでしょう。

既にイギリスの「エコノミスト」誌は沖縄科技大について
「日本の科学界に新風を吹き込めるか」という記事を掲載。

そう。海外では、東大の秋入学など全く注目されてませんが、
こういう中味のある大学にはいち早く視線が向けられます。
ここまでの理念を持った大学は、世界にもあまり例がありません。

沖縄。地政学的にもアジアのハブとなり得る非常に重要な場所。
大東亜戦争時、アメリカ軍が台湾でなく沖縄を戦場にしたのも
故なきことではありません。そして今、中国がこの地域に
食指を伸ばしてるのも同じ理由によります。

その沖縄から近い将来、世界的な科学者が出る日も来るのではないでしょうか。
そしてこういう大学こそ、沖縄をホンとの意味で活性化させる方法でしょう。
資金をばらまくことだけが、地域振興ではありません。

春
spring

関西学院大学

JR西宮駅の北口から阪急バスに乗ります。甲子園行き。二十分ほど
揺られると「関西学院前」に着きます。そこで降りてみましょう。

目の前にキレイな空間が広がります。大学とは思えない佇まい。
どの校舎もユニークな形。しかも緑の多いこと。環境の良さでは、
日本の大学で一、二を争います。「かんがく」と呼ばれてます。
しかも関西では「くゎんがく」と発音するのが粋。

1932年(昭和7年)に大学に昇格。それ以前はメソジスト系の英語学校。
伝統的に外国文化研究や民族研究が有名。戦後、関学のステータスが
上がるにつれて、法、商にも優秀な学生が集まり始めます。

関関同立の一角を担うまでになりました。キレイなキャンパスには
美人も多く、西宮というロケーションも文句ありません。

ちょうど東京の上流家庭が都心ではなく成城学園、田園調布に住みたがるように、
関西の上流家庭も大阪ではなく、西宮・芦屋に居を構える傾向があります。
当然、そういう家庭の子弟は、神戸にある灘、西宮にある甲陽学院に進学。

さすがに灘、甲陽から関学に行く人はほとんどいませんが、
関学は普通の進学校からはそれなりの支持を集めてます。

特筆すべきは体育会が充実してること。アメフトの「関学ファイターズ」は
「京大ギャングスターズ」と並び、大学アメフト部の双璧。
ラグビー部もAリーグ優勝を何度も飾ってます。

国際的な雰囲気のキャンパスに憧れる人には、お薦めできる大学。
語学や国際関係法、海外ビジネス・マネージメントなどでは、
それなりの教育を受けられるでしょう。

夙川公園
Shukugawa Park

近大が植物工場を建設

「近大マグロ」で有名な近大が、今度は植物工場の建設に
参加することとなりました。近鉄、丸紅との合同事業。

来年2012年(平成24年)に近鉄沿線の遊休地で、
植物工場を立ち上げます。近鉄は土地の提供。
丸紅は農業施設の納入。近大は技術指導に。

トマト・レタスを生産し、近鉄グループの
スーパーやレストランで販売する予定。

技術力では定評のある近大・農学部。今回、ビジネスに
直結した農業研究の場を得ることとなりました。
早速、来秋の収穫・出荷を目指してます。

近大は一年中、収穫できるイチゴの品種も開発中とのこと。
今回の植物工場建設で研究に弾みがつきそうです。

ビジネスの世界は「使える大学」を虎視眈々と狙ってます。
近大が今回、その基準にかなったということでしょう。
ますます近大のステータスは上がりそうです。

イチゴ
strawberry
近畿大学

近畿大学

大阪にある私大。東京にいればピンと来ないかもしれませんが、
大きな大学。「関西の日大」と言えば、分かってもらえるでしょうか。

全国でも四番目に多い学生数。偏差値では関関同立より下で、
入りやすい大学。この点でも日大と似てます。進学校からは
全く相手にされません。

多くの学部を備えた総合大学で、関西の総合私大としては唯一、
医学部、薬学部を持ちます。私大で農学部を備えているのも、
関西ではここだけ。

昔は質実剛健で知られた大学。体育会系が強く「学ラン」応援団が有名。
体が丈夫でないと近大には行けないんじゃないか、みたいなイメージ。
最近は女子学生の数も増え、明るいキャンパスには、規模の
大きな私大特有の、包み込むような雰囲気が広がってます。

レンガ造りの西門は近大のシンボル。そこをくぐれば中央図書館。
そして大きな校舎が次々に見えてきます。今も偏差値は上がってませんが、
マジメに勉強しようと思えば、できる環境。特に理系で、そう。

東大阪市にあります。「なんば」からだと近鉄大阪線に乗り、鶴橋を
通り過ぎ、十五分ほどすれば長瀬という駅に。駅から住宅街。
西門までは大学通り。

十分ほど歩けば、近大・東大阪キャンパス。法学部、文芸学部、
経済学部、経営学部、薬学部、建築学部、理工学部があります。
医学部、農学部、工学部は別なキャンパス。

戦前は大阪理工科大学。それが戦後、近大に。
関西では「近大」(きんだい)と呼ばれてます。

東京の私大が高度経済成長期、規模を拡大し、ユニバーシティになろうと、
もともとの文系学部にペタッと工学部や理工学部を貼り付けただけに対し、
近大はもともと理系。この意味は大きいでしょう。

伝統ある理工学部では時代に即した研究が行われてます。例えば、
飲料会社から大量に出る茶かす、コーヒーかすなどのゴミを
燃料として再利用する研究。「バイオ・コークス」。

ゴミとして棄てられたものが1500℃で長時間、燃え続ける優れた燃料に。
三菱重工との共同事業。環境問題を真正面から捉えた研究。

学内にはさまざまな研究所。水産研究所、原子力研究所、民族学研究所。
そして農学部附属の二つの農場。帝大に匹敵する規模。

和歌山にある水産研究所は特に有名。ここでは世界で初めてマグロの
完全養殖に成功。串本町の港から船に揺られること十分。大きなイケスが
見えてきます。十個のイケスに三千六百匹のマグロを養殖。

人工孵化からの完全養殖。関西の料理屋では「近大マグロ」ブランド。
水産研究所はその後、トラフグの養殖にも成功。これも「近大トラフグ」の名で
ブランド化する予定。今後、水産資源において日本が新興国に買い負ける
場面が多く出るでしょう。けれど、こういう研究があれば、その問題も緩和。

学歴、偏差値と関係なく、企業は、そういう研究をした学生を
取りたがるはず。そう。利益に直結した行動を取る企業には、
役に立たない理想、理念より、マーケットでのパフォーマンスが重要。

その時、偏差値は低くても時代に即応した人材を取ろうとするのは当然。
ホンとは大学名よりも「何の研究が行われていて、その研究は将来、
どういう意味を持つか」で大学は選ぶべき。

しかもそういう選び方をした人は最終的には実社会でも勝てます。
東大、慶大だけでは、近大で地に足のついた研究をした人に「有用性」で
手も足も出ないでしょう。受験生は肝に銘じておくべきです。

ベンチ
green

関西大学

大阪の千里山にあります。千里山は大阪のベッドタウンで、自然の中に
住宅地があるような場所。東京で言えば、多摩ニュータウンみたいな場所、
と言えば、分かりやすいかもしれません。

ただし東京と違って関西には明確な中心がありませんから、大学が郊外に
あることを、一概にいい、悪いと言うことはできません。地元では「関大」
(かんだい)と呼ばれてます。

郊外の広大な敷地にいくつもの学部。よそのキャンパスも合わせれば、
全部で十三学部。医学部を備えていないとはいえ、堂々たる陣容。

関西では「関関同立」という呼び名で有名私大を表します。その四校の中で
関大は一番下。関関同立と言われる前は、近大や甲南大と偏差値で
競ってました。最近ではあまり聞かれなくなりましたが、関西では昔、
近大、甲南大、関大を指して「キン・コン・カン」。

お笑い好きな関西人らしい呼び名です。ただ、この呼び名からも
関大に対する当時の評価が窺えるでしょう。

数人の法律家が明治期に作った関西法律学校を前身とします。
1922年(大正11年)に大学に昇格しました。法学部と商学部でスタート。

伝統的に法学部が看板のはず。とはいえ、その法学部がパッとしません。
平成二十三年度の司法試験・合格者数でも三十五名。伝統と規模から
すれば、もっと頑張れるはず、そう言わざるを得ません。

設立経緯、ロケーション、ふがいない現状・・・東京の法政と似てますね。
とはいえ歴史ある大学なだけに、OBの厚みでは国立大を圧倒。
関西の銀行、メーカー、役所、学校・・・あらゆる所に関大OB。

しかも偏差値が高くない時期が長かったため「あれ?」と思うような
場所にもOBが。社会の変化はどこから起きてくるか分かりません。
ですから関大が輩出した多様な卒業生を決して過小評価できません。
というより、その多様性こそ、バイタリティの源泉。

卒業生の進路が偏りがちな国立大は、この点で、どうしても私大に負けます。
人間の器が違ってくるわけです。関西にいれば、あちこちで関大を出た人に
ぶつかります。大企業・経営者、学校教員、ラーメン屋のオヤジも・・・

規模が大きいため、ボーとしてれば「その他大勢」に。けれど大学で
いろんな人を見たい、いろんな考え方を吸収したい、何より関西圏に
根づいてガンバりたいと思ってる受験生には、お薦めできる大学です。

自然
nature

同志社大学

京都を東西に伸びる今出川通り。東は銀閣寺道から始まります。
京大がある百万遍を通りすぎ、しばらく行くと、烏丸通りと
交差する場所で、右手に瀟洒なレンガ建ての校舎が。

「関関同立」のトップ校・同志社大学です。キリスト者・新島襄
(にいじま じょう)が明治期に設立した同志社英学校が前身。
1920年(大正9年)に大学となりました。当初は文学部、法学部のみ。
京都帝大という大きなライバルがあったものの、同志社は
官学にないリベラリズムを標榜しました。

そのリベラリズムはもちろん、プロテスタントだった新島の精神でも
ありました。「建学の精神」など時代が経つにしたがって変わっていく
ものですが、同志社の場合、ある程度、受け継がれていきました。

同志社のリベラリズムは、キリスト教を源泉としていたとはいえ、
思いもかけない広がりを見せていきます。大正末期から昭和にかけて
日本に広がった共産主義運動。それを支える人たちを、
同志社が続々と送り出すことになったからです。

堺利彦らとともに1922年(大正11年)日本共産党の結成に加わった
山川均(やまかわ ひとし)。

労働農民党から第一回・衆議院選挙に立候補し、当選した
山本宣治(やまもと せんじ)。

戦前の共産主義運動を引っ張った彼らの精神が、同志社の自由な
学風の中で育まれたとしたら、少し意外ですね。伝統ある法学部からは
田畑忍(たばた しのぶ)という憲法学者が出ました。田畑は戦前、
教授になってましたが、戦後は学長を長く務めました。

彼は生涯、憲法擁護の立場から反戦・平和を主張し続けます。
田畑の薫陶を受けた者から、マドンナ旋風を吹き起こした
日本社会党の党首・土井たか子も登場。

もともとはキリスト教を源泉とするリベラリズムが、共産主義を標榜する
人たちと接点を持つこと。それを無節操と呼んではいけません。このような
思いがけない接続こそ、文化が豊饒さを生み出す下地となるからです。

設立者である新島が、まさか共産主義・運動を予見してリベラリズムを
掲げたとは思えませんが、歴史的には新島のリベラリズムは、
その意図を超えて大きな広がりを見せました。

戦前、同志社のリベラリズムに共鳴したのは、なにも日本人だけでは
ありません。当時、朝鮮半島は日本の植民地。多くの留学生が日本内地で
学んでました。同志社に在籍していたユン・トンジュもその一人。

ユンは同志社の自由な精神に触れ、祖国・朝鮮独立への気持ちを強めます。
彼は朝鮮人・留学生にハングル、朝鮮史を学ぶよう勧め、自らも実行。
しかし彼のこの行動はすぐに官憲の目にとまります。
ユンは逮捕され、福岡警察署に送られ、獄死。
二十七才でした。

ユン・トンジュの「序詩」は現在、韓国のどんな国語の教科書にも
掲載されてます。いろんな大学の石碑に刻まれたりも。

暗い言論弾圧の時代、彼も同志社で明るいリベラリズムを垣間見て、
自らの進む道を見出したのでしょう。「序詩」から。

死ぬ日まで 天を仰ぎ 一点の恥なきことを
木の葉の間に起きる風にも 私は苦しんだ

星を歌う心で 全ての死にゆくものを 愛さねば
そして 私に与えられた道を 歩んで行かねばならない

今日の夜も 星が風にさらされる

朝の光
morning light

立命館大学

立命館は今も「関関同立」(かんかんどうりつ)という、関西の私学名門に
数えられてます。ところがある世代の人には、立命館はサヨクのイメージしか
惹起しません。1960~70年代、立命館は学生運動の拠点となったからです。

立命館=アカというイメージができあがりました。市田議員、殻田議員など
現・日本共産党の指導者に立命館・出身者が多いのも、
もちろん偶然ではありません。

この時代、立命館の卒業生で「ばんば ひろふみ」(経卒)という
ミュージシャンがいました。この人が当時、無名の荒井由美(松任谷由美:
ユーミン)に曲を依頼し、できあがった曲が「いちご白書をもう一度」。

私が中学生の時、自分の好きな曲を好きなように歌っていい、
それで評価する、というリベラルな課題を出した音楽教員がいました。
そんな先生の課題に応えて、生徒は思い思いに自分の歌を歌いました。

その時、普段はオチャラケだった肉屋の息子が「いちご白書をもう一度」を
歌いました。普段の軽いノリの分、その真剣さは私たちの胸を打ち、
隣のクラスで授業していた英語教員まで、授業をほったらかして、
彼が歌い終わった後、拍手したのを忘れることができません。
当然、彼の評価が一番となりました。

さて立命館、「アカ」の烙印を押され、偏差値が急落。私が大学受験した頃、
立命館は京産大(京都産業大学)と同じ偏差値。学生運動に対する
当時の社会評価は、そういうものだったのでしょう。

実際、立命館に入学したら、その日のうちに中核派か革マルに囲まれて
「君はそんな生き方でいいのか」とか言われながら、
オルグ(勧誘)されるイメージがありました。

ところが意外にも、そんな立命館を設立したのは西園寺公望(さいおんじ 
きんもち)。西園寺公は明治末、桂太郎とともに「桂園時代」(けいえん じだい)
と呼ばれる時代を作り、世界に通用する日本の基礎を築きました。

桂が日露戦争など好戦的な日本を演出したとすれば、西園寺はそれを
収拾する平和の日本を代弁。この両輪がうまくかみ合い、桂園時代は
日本近代史上、まれにみる繁栄の時代でした。

そんな西園寺の夢だった教育機関の設立。立命館の教育が軌道に乗った時、
西園寺はホンとに嬉しそうな顔をしたそうです。どんな政治的野望より、
次世代の若者の教育こそ大切だと、彼が分かっていた証拠でしょう。

西園寺だけでなく、伊藤博文、大隈重信、福澤諭吉に代表される、
教育の意味を深く理解した先人たちあればこそ、今日の日本の繁栄も
あることを、私たちは決して忘れてはなりません。

そんな立命館、西園寺公の自由な精神そのままに学生運動を野放しに
した結果、偏差値は急落。ロクでもない学生しか入って来ない、
勉強ソッチノケのサヨク大学になり果てました。「いちご白書」の
ノスタルジーだけでは、現実に対応できませんでした。

そこで1980年代、立命館は他大学に先駆け、危機感あふれる改革をスタート!
競争原理を導入し、利益の上がる法人として生まれ変わらせようとしました。
映像学部など、時代の先を行く学部を次々に新設。

もちろん敏感な受験生がこれに反応しないはずはありません。旧態然とした
国立大、有名私大の停滞を尻目に、かつてのサヨク大・立命館は、
資本主義に最も忠実な、活気ある大学に変身。

今度は偏差値急上昇! 「立命館アジア太平洋大学」まで設立する意気込み。
アジア時代が鮮明になってきた今、その先進性に脱帽せざるを得ません。

立命館は京都・衣笠(きぬがさ)の地にあります。金閣寺の近く、と言えば、
聞こえはいいですが、京都駅から遠い上京区。何もしなければ、
このロケーションの不利により、とっくの昔に廃れてるはず。
けれど、全くそうなってません。

時代の先を見ること、それに基づき行動すること。
何より、資本主義の精神を素直に受け入れること。

これらが最も重要なんだと身をもって示してくれた大学とも言えます。
そのうち立命館。「いちご白書をもう一度」すら商品として売り出すかも
しれません。そうなったら私は一番に買いに行くことでしょう。

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