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ゆめラジオ、早稲田塾・校舎閉鎖をアップ!

今月、十一校の校舎閉鎖を発表した早稲田塾。
ゆめラジオで取り上げました。三年前に早稲田塾を買収した、
ナガセ。その株価は? ぜひ、ご視聴ください。

早稲田塾・校舎閉鎖

偏差値30で医学部?

偏差値30で医学部に受かる。そんな広告、あるようです。
一体、偏差値30の者が一年間、努力して、翌年、
国立大・医に合格するでしょうか?

不可能では、ありません。たとえば。

現役時、英数そこそこ、できてたけど、生物、化学まで手が回らず、
理科一科目は偏差値30。一年間、その一科目を集中的に攻略。
英数の積みあげあって、なんとかなった。

あるいは。

現役時、運動部に熱中。何も勉強せず、全科目、偏差値30。けれど、
運動への集中力を勉強に向け、もともとの頭も悪くなかったから、
二年ほどかけて、なんとかなった。

いずれも、極めて稀な例。百人に一人もいないでしょう。というより、
受験関係者なら、偏差値30から国立大・医など、事実上、不可能、
誰でも知ってること。

けれど、そんな不可能ありうるかのように、謳う広告。これを見た
受験生は、全科目、偏差値30でも、一年間やれば、国立大・医に
合格できる、そう思うでしょう。

偏差値30で医学部に受かる。極めて稀なケースを探しだし、
その先輩を全面的に押しだし、広告を打つこと。一般的にムリなことを
君にもできる、ふうに広告し、頭の悪い者を集めること。

これは、一種の詐欺。地方から都会に出てくるなら、寮費だの
なんだので、三百万~五百万円は、かかります。
これに季節講習の費用。むしり取られます。

人生の入り口で騙され、巻きあげられる経験。これは、トラウマ。
受験で負う傷は、深い。しかも世の親子、このリスクに、あまりに無防備。
ホイホイ、お金を出し、成果ほとんどありません。偏差値30からでは、
日東駒専が関の山。

予備校はどこも、生き残りに必死。広告、派手になるのも、
分からないわけではありません。けれど、ほとんどムリなことを
大々的に宣伝してるとなれば、予備校全体の信用に関わるでしょう。
看過できません。

もっと理解できないのは、その広告に登場する「先輩」。自分がレア・
ケースであること、百も承知で、全科目・偏差値30で医学部に受かる、
詐欺の片棒、担いでるわけです。顔をデカデカ、引き伸ばして
もらいながら。

一体、この先輩、どういうつもりでしょうか? この世で何か、
成し遂げたのでしょうか?

ここは、受験生、賢い消費者になりましょう。この世に、
うまい話など、ありません。日々の努力、あるのみです。

湖
lake

ライブ授業と映像授業(2)

「いつでも、どこでも」が謳い文句の予備校・映像授業。そこに切磋琢磨は、
ありません。そもそも映像授業で、誰がスペル・ミスを訂正してくれる
でしょうか。誰が発音矯正してくれるでしょうか。英作文指導は?

東進ハイスクールの成功を横目に、能なし予備校・経営者は今、
こぞって映像授業。とはいえ、しょせん、二番煎じ。三番煎じ。

しかも、ヒドイ予備校になると、映像授業に経営資源を投入し、肝心の
ライブ授業がほったらかし。ライブ授業が、ドンドン衰退しても、知らん顔。
そんな状況で、映像授業だけが、はやるはずもありません。二兎を
追って、一兎も得ず。講師はしらけ、社員は保身。

映像授業など、東進ハイスクールのように、ライブ授業を捨てるつもりで
本腰いれなければ、成功できません。たとえば、代ゼミ。校舎を大幅に
切りつめ、サテラインに特化しようと画策。代ゼミサテラインが今後、
成功するかどうかは分かりませんが、この方針自体は正しいでしょう。

あるいは鉄緑会。映像授業など、全く手を出さず、当初の方針どおり、
少数の東大・志望者だけにライブ授業を展開。私は鉄緑会の多量宿題
という授業方針には賛成できませんが、映像授業に見向きもしない、
その姿勢には共感。

最もダメなのが、どちらもやります、というパターン。ライブ授業の
改善を怠り、教育の本質も考えずに、映像授業に走ったフールたち。
これからは、インターネットの時代だ、とでも思ったのでしょう。

こんな基準で、予備校を見れば、受験生は、どの予備校がまともで、
どの予備校が腐ってるか、すぐに判断できるでしょう。
今、予備校選びで悩む時代では、なくなりました。

葡萄
grape

ライブ授業と映像授業

代ゼミが予備校ビジネスを七割縮小すると発表。残り三割でやります、
ということは、ホンとは全面撤退したいけど、いきなりだと体裁も悪いので、
名前だけ残します、ということ。残された代ゼミ校舎に、来年四月から
通おうとする受験生は、はたして、どれほどいるでしょうか?

大教室を作って、生徒を集め、儲ける予備校ビジネスが破綻。
「大教室がガラガラ」と報じられました。「ガラガラ」なのは駿台、
河合塾も似たりよったり。大教室が埋まることなど、ほとんどありません。

そもそも、今の受験生。大教室の一方通行など望んでません。
代ゼミの姿は明日の駿台、河合塾。"SKY"の時代は完全に終わりました。

大手予備校は「現役館」を作っても、授業は相変わらずの一方通行。
対話のノウハウもなく、生徒との丁々発止など、望むべくもありません。
完全に時代遅れ。今後の受験界。一方通行の"SKY"はドンドン廃れ、
対話型のライブ授業が重宝されるでしょう。

ライブ授業の対極には「いつでも、どこでも」の映像授業。
"SKY"は話にならないとしても、ライブ授業と映像授業。
一体、どちらに軍配が上がるでしょうか?

便利な映像授業。今、受験界で、一人勝ちしてるのは東進ハイスクール。
けれど、立ち止まって考えてみましょう。「いつでも、どこでも」という
複製が本物に勝てるでしょうか?

昔、ヴァルター・ベンヤミンという批評家が複製技術時代の芸術を批評。
複製技術の発達によって芸術から「オーラ」が失われた、と論じました。

そう。ベンヤミンの指摘を待つまでもなく、CDやDVDがライブ・
コンサートに勝てるはずありません。要は、塾がライブ・コンサートに
匹敵するコンテンツを披露し、観客を魅了できるかどうか、です。

これなら確かに、画面で勉強するより、よっぽどいい。

受験生にそう思ってもらえるライブ授業を提供できない塾は、
いくら広告を打とうが、学費を下げようが、いずれは映像授業に
淘汰されていくでしょう。これからは、一騎当千の講師を
揃えた塾しか、生き残れません。

野原
September

代ゼミ、大幅撤退

予備校が人々の口の端に上るのは、センター試験と東大入試の時だけ。
そう思ってましたが、夏の終わりの少しサビしい季節、代ゼミがニュースと
なりました。現在、二十七校ある校舎を七校まで減らし、全国模試からも
撤退すると発表。大きな経営判断です。

浪人生をターゲットとした代ゼミ。浪人生が少なくなり、完全に時代に
乗り遅れました。作ってしまった大教室はどうしようもなく、現役生を集めても、
やっぱり一方通行の大教室・授業。撤退を余儀なくされました。

とはいえ代ゼミ。今回の発表は十年ほど前、十分に予想できたこと。
目の見える職員、講師はとっくに代ゼミを去ってるでしょう。
しかも、少子化の中、予備校ビジネスでは儲からないと、
早々に見切った経営陣。満を持して今回の発表に臨みました。

既に動き始めてる代ゼミの不動産ビジネス、ホテル・ビジネス。
閉鎖される二十校とて、ターミナル駅前一等地。タワーやホテルに
生まれ変わらせれば、莫大な収益を生む物件になる可能性も。

その辺をキチンと見越し、予備校ビジネスには、できるだけ手を抜き、
職員、講師に十年ほどかけて、閉ざされた未来をそれとなく伝え、
そして今回の発表。みごとな経営手腕と言えないでしょうか。

将来、ブランド化した「代ゼミ・タワー」「代ゼミ・ホテル」が全国津々浦々に
できるかもしれません。その先駆けは現在、南新宿にある
代ゼミタワーに見ることができるでしょう。

哀れなるは、放り出される職員、講師。ここまでしがみついた、
先見のなさの報い。そう言ってしまえばそれまでです。
けれど、今後、どうするのでしょうか。

予備校講師など、世の中のどこへ行っても、ツブシのきかない職業。
今あるを見越し、投資でも習得して稼ごう、という気概もなかったことでしょう。

ライバルである駿台、河合にとっても、今回のニュースは朗報ではありません。
代ゼミに起きたことは、明日は我が身。駿台も河合も、現役館は、
あちこちに建ててますが、やってることは昔ながらの一方通行。

メンバーが小規模になり、浪人生から現役生に変わっただけ。
これが今どき受けるはずありません。

これからは「塾」の時代。一人一人の受講生に目を届かせ、その成長を
共に経験する時代。それこそ松陰が「松下村塾」で、諭吉が「慶応義塾」で
披露してみせたこと。いつの時代も、師から口伝を渇する弟子はいるものです。

しかも、本来、こういうことをやらねばならない中学、高校の教員が、
会議だのなんだので時間を潰し、授業改善の努力、生徒との
コミュニケーションを、全く放棄してるのが現状。

有名校に通ってる教え子からも、毎年、学校授業のおそまつさについて、
信じられない話を延々と聞かされます。

予備校が大教室に浪人生を集めて儲ける時代は、二十世紀・後半で、
とっくに終わりました。これからは個人が自分なりに道を決め、自分の
ペースで歩き、自分なりに輝く時代。そう。塾の時代。代ゼミ撤退の
ニュースは、一つの時代が終わったことを教えてくれます。

初秋
early autumn

予備校の広告

今日は、どこの予備校というのでなく、
広告が予備校業界に持つ意味について、
皆さんと一緒に冷静に考えたいと思います。

A予備校が莫大な資金を使って、派手な広告を打ったとします。
しかも、あちこちに。どこに行ってもA予備校の広告を見ます。
テレビ、新聞、駅の看板、そして改札まで。

心理学、あるいはサブリミナルに少し通じた人なら、
人の行動は良い・悪い、正しい・間違いなどでなく、
ある情報にどれだけ多く接したか、で決まることを
知ってるでしょう。

A予備校は力技(ちからわざ)とも言える広告によって、
受講生を集めるのに成功! これはマーケットにおいて、
何ら咎(とが)められることではありません。

けれどA予備校とて資金が無限ではありません。
広告に多くの資金を投じれば投じるほど、
他分野への投資ができなくなります。

講師待遇は悪化し、テキスト改訂や
システム改善もできません。

A予備校の派手な広告を見て、入学した受講生は、
高い学費に全く見合わない、低サービスを
受けることになります。

資金が無限でない以上、予備校広告が派手である、
ということは、そういうことを意味します。

ここまでなら、A予備校と、そこに入学した
愚かな受講生の話ですみます。外部者がとやかく
言う筋合いの話ではありません。

けれど、もしA予備校の集客状況を見て、
B予備校、C予備校も同じ広告路線に走り始めたら、
どうなるでしょうか?

講師の低待遇がB予備校、C予備校にも広がります。
予備校講師のサラリーマン化・代替可能化が生じるわけです。

これまで予備校講師はサラリーマンや公務員と比べ、
かなり高い時給をもらってきました。その背景には、
無保証と実力主義があります。

来年、クビにするかもしれないから、
今のところ、高い時給をあげる。

でも、そうである故に、予備校講師の門を叩く者も現れました。
保証なんかいらない。実力で勝負したい。高給なら、なおいい。
何より、自由に生きていきたい。。。

高給と自由に支えられ、ただでさえ個性的な予備校講師が、
さらに個性を磨き、高校でも大学でも見ることのできない世界を
感受性豊かな受講生に披露しました。

思えば、予備校業界が少子化にも関わらず、これまで
連綿と生き残ってきたのも、個性的な講師が各予備校で、
こうした奮闘を重ねてきたからに他ありません。
これを否定できる人はいないでしょう。

ところが予備校の広告重視。それは必然的に講師待遇を
悪化させます。もしこれが予備校業界・全体のトレンドに
なるなら、優秀な講師こそ早々と見切りをつけ、
別な世界を模索し始めるでしょう。

予備校講師のサラリーマン化は、
経営陣にとって決して悪い状況ではありません。

まず人件費を抑えられます。かつ講師が代替可能になることで、
現在、山ほどいる低人材を低時給で雇うことができます。

講師の質も、テキストのレベルも、システムの利便性も
全く関係なく、広告だけで予備校の雌雄が決する状況。

振り返れば、予備校講師はこれまで実力本位でした。
頼るのは我が腕のみ。のし上がるためには、
どんな手段を使っても構わない。

プライド・自己保身でガチガチに固まった高校・大学の
一般教員では、全く不可能な世界を予備校講師は展開。

和を重んじ、建前だらけの日本社会における、
予備校講師が果たした役割を決して過小評価してはなりません。

そう。どこでもいいから、予備校に通ったことのある人なら、
理屈抜きに分かるでしょう。予備校でしか見れない、
そして聞けない世界があったことを。

これがなくなり、予備校が一般社会と同じツマラナイ、
下らないサラリーマンで占められるとしたら!

こんな哀しいことはありません。

A予備校が派手な広告を打つ。それだけなら
見てて気分悪いな、騙される受講生が可哀そうだな、
だけで話はすみます。

けれど、そのトレンドが予備校業界・全体に広がるなら、
こんな寂寞(せきばく)なことはありません。

春
spring

SEG

新宿・副都心には高層ビルが林立。その北、少し外れた場所にSEGはあります。
「科学的教育グループ」。英語にすれば"Scientific Education Group"。
頭文字を取って"SEG"。「エス・イー・ジー」と読みます。

設立は1981年(昭和56年)。東大の理学部・数学科、あるいは東大・医学部を
卒業したけど医師にならなかった若者を中心に、新しい数学、
理科の世界を広めんとできた塾。

心に広がる数学の世界を!

そんなキャッチ・フレーズがパンフレットに載りました。彼ら若手が繰り広げる
理数の世界は受験範囲を遥かに超え、大学・教養部の範囲に踏み込むほど。
新興勢力の台頭に、大手予備校は震え上がったことでしょう。

とはいえSEG。1997年(平成9年)の四百名台を天井に、
東大・合格者数をドンドン減らし始めました。2000年代に入ってから
凋落の一途。ついに百名台。

どうして、こうなったのでしょう?
SEGの何が、いけなかったのでしょうか?

それを真剣に考えることは塾、予備校が日本社会で今、
果たすべき役割について考えることにもなるでしょう。

私は理数科目に立ち入ることはできません。けれど英語については、
ある程度、理解が及びます。ちょうど2000年頃、SEGは講師募集で、
英語については「留学経験があること」を応募の必須条件にしてました。

英米の大学に留学した経験がないと応募できない仕組み。
受験指導と留学経験は全く別物。その別なものを一緒にする姿勢に、
私は当時、疑問を持ったものです。

予備校はサービス産業。顧客ニーズに敏感でなければなりません。
自分の思い込みにしがみつき、現実を見ず、トンチンカンな理想を
ふりかざせば、マーケットに一蹴。

SEG英語科。受験生に全く相手にされずに終わりました。
そして、この理想重視、マーケット軽視は、
理数科にも見られたのではないでしょうか。

SEGは当時「理数講師にノウハウを伝授」みたいな広告も出してました。
塾講師として芽が出ない理数講師に、SEG講師が伝授する、というもの。
塾講師に教えるなんて、相当な自信があったのでしょう。

けれど一体、何人の理数講師がそんな講座に応募し、
どんな教授法を学んだでしょうか?

こうしたことがSEGに何のメリットをもたらしたでしょうか?
自己満足だけに終わらなかったでしょうか?

独りよがりは、サービス業で通用しません。東大を出てても、
学問研鑽を積んでても、マーケットを無視して塾は成立しません。

思えばSEG。合格実績だけを喧伝する予備校業界に風穴を開けようと奮闘。
その意気や、よし。実力はあるのだから、もっとマーケットに向き合うだけで
いいのです。SEGの今後、注目しないわけにはいきません。

道1
road

東進ハイスクールの映像授業

近くの東進ハイスクールに行ってきました。
「誰が」と言わず「入学を検討してる」と言えば、
若い男性スタッフがニコニコと応対。

あの、勉強してるトコも見たいんですけど。

快く承諾。教室に案内してくれました。生徒たちが
それぞれのブースに座り、50㎝ほどの前の映像を凝視。
たまに止めたり、巻き戻したり。知ってる制服もチラホラ。

ありがとうございました。

あまり邪魔せずに東進ハイスクールを後にしました。

思えば映像授業の始まりは、バブル期、代ゼミが
サテライン授業を始めたのがきっかけです。

当時、膨れ上がる受講生に有名講師の数が追いつかず、
有名講師の授業を衛星で他校舎に飛ばし、他校舎でも、
画面を通じて授業を受けられるようにしたのが始まり。
そもそもは苦肉の策でした。

東進ハイスクールが、その方法を洗練。
映像授業のためだけに誰もいない教室で、
授業を録画し、それを商品として全国に発送。

受講生はいつでも、どこでも、有名講師の
授業を受けられるようになりました。

これは地方の公立進学校の生徒には福音。
「名門」と自認しながら、ロクな授業もサービスも
提供できず、プライドだけ押し付ける
時代遅れの教員ばかりだったからです。
恐らく今もそうでしょう。

録画した授業は何度でも再生可能。
場所代・人件費が大幅に節約でき、
しかも受講料はライブ授業並み。

このビジネス・モデルは当たりました。
今や東進ハイスクール。ますます
フランチャイズを広げてます。

けれど東進の教室で見た、あの生徒たち。
彼らは地方にいるわけではありません。

学校の授業がヒドイと思ったなら、渋谷でも、
横浜でも、学校帰りにライブ授業に来れるはず。
なぜ、わざわざブースに閉じこもるのでしょうか?

いつからでも始められる。
自分のペースでやれる。
部活の遅れも一気に取り戻せる。

あるいは、こんな理由もあるかもしれません。

当てられて傷つきたくない。
発生する人間関係が煩わしい。

他者とのインテラクション(相互作用)
なくして、一体、何の人生でしょう?

要するに、自販機にお金を入れれば、
商品が出て来るのと同じ感覚で、
お金を払って知識も獲得しましょう、
というわけです。

私が誰でも、あなたが誰でも関係ありません。

そういう教室。それを教室と呼べるか
どうかは、もう疑わしいでしょう。

傷つきも感動もない手軽な映像授業。
それは確実に人間力を弱めます。そして
「一人カラオケ」や「一人焼き肉」に
行く大人の数を将来、増やすだけです。

森5
forest

東進ハイスクール

全国津々浦々、東進ハイスクールのフランチャイズは広がってます。
どんな小さな街でも、一流講師の授業が聞けるようになりました。
この意味における東進の役割を、決して過小評価してはいけません。

私が塾講師になった頃、東進ハイスクールは
首都圏に大きな校舎を持ち、授業がメインでした。

"SKY"に次ぐ規模を持ち、四大予備校とまで。ですがいつからか、
東進はライブ授業より映像授業にシフトし、今では映像授業こそメイン。

ライブ授業は首都圏の校舎でしか行われてません。その首都圏の校舎でも、
都心に遠くなってくると、ライブ授業は年に数回。
田舎のフランチャイズと変わらなくなってきます。

一体、コンサートで聞く曲とCDで聞く曲では、
どちらが素晴らしいでしょうか?

もちろんコンサートでは勘違い・ミスもあり、完全は期しがたいもの。
一方、CDだったら何度も録音し直してリリースできるわけですから、
完全を期すことができます。

だからって「コンサートよりCDがいい」そう言う人はいないでしょう。
ヴァルター・ベンヤミンがいみじくも指摘したように、
複製ではオーラは失われます。

確かにコンサートでは歌詞のミスも、メロディの取り違えも起きます。
アーチストだって人間なのだから。けれど、そういうミスを補って
余りあるオーラを、アーチストは観客に与えることができます。

コンサートの途中で自分が泣き出し、歌えなくなったアーチストに
観客が送る大きな声援。それは観客が、完全さなど
求めていないことを如実に表してます。

そう。「一期一会」の緊張こそ、私たちの人生に価値を与え、
それを意味あるものにしてくれるのです。

私も塾講師として、多くの授業をしてきました。その中で、生徒諸君との
触れ合いなくば、得られなかったこともたくさん。

彼らの真剣な眼差し、明るい笑い声に支えられて、
こんな私でも、何とか塾講師としてもったようなものです。

ところが映像授業では、誰もいないガランとした部屋で、
カメラに向かって講師が「キミたちは・・・」と講義するようです。

その講義を地方の生徒たちが、それぞれのブースで聞いて勉強します。
何度も再生可能。自分の都合に合わせて通塾することも可能。

もちろんライブ授業を重視する立場から、
こうした映像授業を批判することはたやすいでしょう。

けれど、そうも言えない事情があります。こんな映像授業でもない限り、
地方の秀才にはホンモノの受験指導に触れる機会がないからです。

昔、映像授業のないライブ授業だけの時代。地方の生徒は完全に
蚊帳の外に置かれました。「地方に生まれたキミが悪いんだよね」
彼らはそう言われたに等しい状況でした。

そんな彼らに、たとえ映像ではあれ、東京の一流講師が語りかけてくる
東進ハイスクール。それはまさに「何もないよりは、遥かにマシ」。

映像授業は、暗黙に認められていた、都市部・地方の教育格差を
埋める役割を果たしてます。それをシッカリ見抜き、映像授業に
本業をシフトした東進ハイスクールの経営判断は、文句なしに
時代の先を行ってたと言えるでしょう。

この際、それが本質的にいいことかどうかは議論抜きです。
東北や四国の放ったらかされてた受験生にも、
それなりの機会が与えられたのですから。

私自身は生徒もいない授業などまっぴらゴメンですが、東進で全国的に
知名度を上げてく講師もいます。私のかつての同僚で、
人気あった数学講師が今、東進の映像授業で活躍。
進む道は違ったけど、ガンバってほしいです。

もみじ3
autumn

北九州予備校

首都圏に住んでれば、そんな予備校あったっけ? ですよね。
けれど九州に行けばガラリと変わります。北予備(きたよび)は
"SKY"より、遥かに多くの受験生を集めています。
山口にも校舎があります。

「努力は実る」のキャッチフレーズの下、生徒に茶髪もピアスも禁止、
携帯もダメという、およそ東京ではあり得ない礼儀を課し、
それがみごとに受け入れられてます。確かに、よく考えれば受験生には、
よっぽどの災害でもない限り、携帯などいりません。

北予備生は登校・下校時にタイム・カードを押します。
これも北予備の風物詩。質実剛健な九州の風土に育まれ、
北予備は九州のほぼ全域に校舎を持つに至りました。

実は北予備。講師を東京・大阪から呼び寄せているのも
売りの一つ。それはその通りで、九州の講師だけで賄おうとした場合、
実績が東京の講師に叶うはずありません。

九州出身の予備校でありながら、九州の弱点をシッカリ認識して
行動してるあたり、さすがと言わざるを得ません。結果、東京で塾講師を
してれば「毎週、九州に通ってますよ」と言う先生に必ず出会います。

北予備のそれぞれの校舎には、地元の有名・公立高校の校長クラスを
歴任した先生が、引退後、校長として務めてます。その校長が昔の同僚、
以前勤めてた高校に働きかければ、当然、その浪人生は北予備に来ます。

地方での"SKY"の経営のマズさも手伝い、九州では断トツの支持。
長崎・大分・鹿児島などでは、まともな競争相手もないため、
ほとんど一人勝ち。

ただ北予備にも弱点があります。浪人生を主たる顧客にしてることです。
少子化、選ばなければ誰でも大学に行ける時代。浪人生をターゲットにした
ビジネスには、早晩、限界が来ます。これはもちろん
大手の"SKY"にも言えることです。

その北予備が、なんと四年前、東京進出を果たしました。
「努力は実る」の校舎が、東京・日本橋に誕生。

東京から地方へのケースはあっても、地方から東京へのケースなど皆無。
その心意気には拍手を送りましょう。ただ「どうして日本橋に」という
疑問は残ります。東京に住んでれば、すぐに分かりますよね。
受験や大学と全く関係ない場所だからです。

進出するんだったら新宿か渋谷。でなければお茶の水でしょう。
もちろん、そういう場所に進出しても、既存の大手との競合が
待ってるだけだ、と経営判断したのかもしれません。

しかし顧客のいない場所で繁盛することはできません。
ロケーションが大切なのは予備校も同じこと。

もちろん東京校があることにより、そこのパフォーマンスはどうあれ、
九州での展開に厚みが出ると判断してのことなら、
それはそれで一つの経営判断でしょう。

北予備・東京校の今後は全く未知数。九州の質実剛健は
東京の受験生を捉えることができるでしょうか?
見守りたいと思います。

日本橋
Nihonbashi Mitsukoshi

鉄緑会

「鉄緑会」(てつりょく かい)と聞いても、受験界にある程度、通じた人
でないと、何のことか分からないでしょう。「鉄と緑の祭り・新日鉄」といった
イベントの開かれる、新日鉄・企業城下町で暮らしてれば、さしずめ
「鉄緑会」は新日鉄の互助会かな、なんて思うことでしょう。

鉄緑会の由来は東大・法学部OBで構成される「緑会」。
東大・医学部OBで構成される「鉄門倶楽部」から。鉄緑に来れば
東大の文Ⅰ、理Ⅲに受かりますよ、という設立理念。

鉄緑は十年ほど前、受験界で注目されてました。講師が全て東大の文Ⅰ、
理Ⅲの学生、卒業生。彼らが自らの合格体験を含め、指導するそうです。

いいコーチは昔はいい選手だった

そんなキャッチフレーズがパンフレットに載りました。指定校制度を取り、
開成、麻布、桜蔭など私立の中高一貫校からしか、生徒を集めない方針。
受験生の選良意識をくすぐり、鉄緑は「東大・理Ⅲで二十名程度の合格」
という宣伝文句とともにシェアを拡大。

けれど一体、文Ⅰだか理Ⅲだかに受かった学生が、
先生としてホンとに優れてるのでしょうか?

自分がうまくパフォームすることと、そのパフォーマンスを次世代にうまく
伝えることとは、全く別問題。誰が考えてもすぐに分かることを、鉄緑は
あえて無視し、東大に合格した学生は、そのまま東大・合格への
最良の道しるべになれる、と謳(うた)いました。

結局、学生講師、院生講師が教壇に立ち、生徒たちも何も考えずに黒板を
ノートに写し、マニュアル通りに多量の宿題をこなすという状況が。

塾講師としての素朴な疑問ですが、一体、東大への受験指導など、
アルバイトでできるのでしょうか?

受験指導はハンパじゃありません。十年、二十年の経験があっても、
全力でぶつからねばならないもの。それを昼間は法学や医学を
吸収しなくてはならない学生、院生が、片手間に
こなせるのでしょうか? 東大生だからって?

開成や麻布に通ってる人なら、鉄緑の宿題に追われ、授業中に内職し、
文化祭にも体育祭にも参加しない生徒を見たことあるでしょう。

マニュアル通りに膨大な宿題を課し、それをやらせれば、自動的に生徒は
東大合格レベルに達するという考えなようです。しかもそれはそれなりに
機能し、鉄緑はそこそこの東大合格者を出すに至りました。

指定校制度についても、レベルを確保する真摯な方針のように見えて、
今後、来たり得る都立高校の隆盛に何ら対応してません。

都立高校が優勢になってきたら、その時、鉄緑はそっと指定校に日比谷、
西を入れるのでしょうか? 「今まで無視しててごめんネ」とか言いながら?

鉄緑会は今も代々木に存在しますが、最終的にベネッセに買収されました。
2007年(平成19年)のことです。高度な受験指導のノウハウは、
一朝一夕で確立できるものではありません。
それをベネッセも痛感したのでしょう。

さて鉄緑に戻りましょう。行きたい人は行けばいいと思います。それなりの
合格実績もあるのかもしれません。けれど東大合格の背景で、ムダが
つきものの、かけがえのない高校生活を失うとしたら、これほど残念なことは
ありません。高校時代は、後でもう一度、やり直したいと思っても、
できないのですから。

鉄緑もみじ
green autumn

四谷学院

冷静に考えたいと思います。四月の時点でろくすっぽ受験勉強の蓄積なく、
勉強の習慣もなく、そもそも勉強がキライであるとします。

そういう人が一年間、その人なりに受験勉強をガンバったとして、翌年、
科目数の多い東大に合格できるでしょうか?

ムリだ。

そう即答するのが常識。教え子を見ても、進学校に入学し、そこで鍛えられ、
塾通いも二年ほどして、やっとのことで有名大に進学。準備のない者が
気迫だけで逆転できるほど、受験も世の中も甘くはありません。
少し考えれば、誰でもあり得ないと分かることです。

しかし、そういうあり得ない逆転が、あり得るかのように毎年、
広告してる予備校があります。四谷学院です。

デキない自分も東大に受かる

そういう広告を毎年三月にやってます。首都圏に住んでれば、この時期、
四谷のハデな駅広告をイヤでも目にします。新聞・一面を使った広告も
三月に立て続けに。

授業が終わった後も別な先生がフォローする

そんな制度が売りなようです。これだけ聞いても、人件費が余計にかかり、
それが学費に反映されることが一目瞭然。しかも四谷に入学したら
「~特訓」「~合宿」など受験生の目を奪うイベントが続きます。

デキない子供が「勉強する」と言って申し込むイベントに
「おまえ、ホンとに効果は上がるのか」と聞き返す親もいません。
よって受講生は四谷にドンドン学費を払い込むことに。

しかも結果が出ればよいのですが、ゼロからでは、どうガンバったって
日東駒専あたりが関の山。もちろん秋ごろになれば模試の結果を
突きつけられ、受講生も自らの立場を認識するのですが、後の祭り。
そもそも、あり得ない夢を見た自分が悪いのですから。

四谷は他の予備校よりずば抜けて、広告の意味を理解し、実行。
毎年、多くの受験生が、あちこちから四谷の明るい広告に吸い寄せられ、
その高い学費が翌年、莫大な広告費に流れます。どんな受講生でも
分かることでしょう。

財務力を強化した四谷は、不景気、少子化の時代、全国展開に打って
出ます。大手、老舗が委縮して何もできない今、四谷の動向は
受験界の台風の目。

確かに利益を内部留保せず、果敢に広告や教室展開に投資するあたり、
腰の入った経営姿勢を窺わせます。四谷に通って第一志望に合格した
少数の人もいるでしょう。

しかし大半のデキない受講生は、いつか現実を突きつけられ、
高い学費を支払った挙句、現実に即した選択を余儀なくされ、
四谷を出ていきます。

その時、その受験生は何を思うでしょう? 少し考えれば、あり得ない
逆転ストーリーを、そのまま信じた自分の愚かさを冷静に考えるでしょうか?

四谷は特異な予備校であり、他の予備校と同列で論じることができません。
ただ、こうも言えるかもしれません。デキない受講生が予備校に
行こうと思った時、別に四谷がなくても、大手に登録し、
下位クラスに入れられ、学費を取られた挙句、
結果も出せずに終わります。

どうせ結果が一緒なら、四谷で楽しい思い出を作り、同じデキない人たちと
それなりに語り合い、励まし合う日々は、大手で居心地の悪い思いを
するより、ずっといいのだと。確かに四谷の「アット・ホーム」に
慰められる受講生もいるでしょう。

そういう受験生のニーズに四谷が応えていて、特訓・合宿などで、
せめて勉強の姿勢でも植えつけてるとしたら、学費に関係なく、
「こんな予備校もあっていい」となるのかもしれません。

スイーツ
sweets

城南予備校

川崎に本部がある予備校。神奈川で支持を集め、東京に進出。
今から十年ちょっと前のこと。数学をはじめ、理系科目に強く、
ハイレベルな講師を揃えました。

チューター制度を取り入れ、教えっぱなしでない、生活面の指導まで
含めたサービスを提供。このチューター制度こそ、城南の売りであり、
大手と差別化する特色でもあります。

実際、チューターは生徒管理のため、講師が授業をしてる時も
教室に貼りつき、後ろの窓から教室全体・生徒の様子を観察。
教える講師としては、それがそのまま授業への監視を意味します。

とはいえ塾講師は監視されて当たり前。監視してる相手を
唸らせる授業をするつもりでないと、生き残ってはいけません。

どうかもっと監視して、見てるアナタすら、私のファンになって下さいよ。

さて城南。神奈川での成功を弾みに東京・埼玉に進出。視線の先には
恐らく、全国展開があったことでしょう。校舎数が一気に増え、予備校としては
珍しく株式を上場。SKY、東進と並んで「五大予備校」という呼び名も。

しかし神奈川と言っても、しょせん首都圏の地方。そこで少し人気が
出たからと言って、ホイホイ成功できるほど、東京の予備校業界は甘く
ありません。少子化の波を受けて、どの予備校も生徒数が急減。
城南も例外ではありませんでした。

大校舎だった新宿校、池袋校、大宮校を相次いで閉鎖。結局、城南は
神奈川の予備校に戻ってしまいました。ずっと神奈川にとどまり、生徒を
大切にし続けたと言うならともかく、東京での規模拡大に失敗し、
出戻った状況。生徒、保護者がそれを見てないはずありません。

予備校にとっても、時代の先を見ることがどれほど大切か、
教えてくれる事例です。

すすき
autumn

河合塾

戦前に名古屋で始まった予備校です。英語の河合先生が始めた塾。
ずっと名古屋だけでやってましたが、生徒数増大により、
1970年代終わりから、全国展開を始めます。

今や主要都市にはどこも、河合塾があります。駿台・代ゼミ・河合を
もって三大予備校"SKY"。「生徒の駿台・講師の代ゼミ・机の河合」。

けれど河合塾の特色って何ですか?

そう言われると困ってしまいます。机が一人一人、別なのがいいですね、
と言っても「それがどうした」と言われてしまいます。
人気講師も牧野剛(まきの つよし)ぐらい。

牧野は1980~90年代、働き盛りでした。カリスマ的に信者を作り、
信者となった受講生と酒を飲み交わし、一晩中語り合い、
一緒にゲロッたという逸話があります。

ただ愛知県知事・選挙や名古屋市長・選挙に立候補し始めた頃から、
「この先生、オカシイぞ」という雰囲気が広がり、カリスマ性も
なくなっていきます。今も現役ですが、話題になることはありません。

とはいえ河合塾。無難で面白くなかった分、バブルにもならず、
少子化・浪人生の減少を"SKY"の中で最も軽く受け流すことができました。

「地味だけど堅実だった」ということでしょう。現役生重視を
早くから掲げ、グリーンコース・現役館という形で、
現役生を取り込む戦略を実行。

"MEPLO"(メプロ)という東大受験生・専門の部門を東京・横浜に
立ち上げ、進学校の生徒を囲い込むことにも成功。これにより、
都内の進学校生徒を集めていた東マス・鉄緑会・SEGが
苦戦することになります。

特色ない予備校ですが、それだけに堅実。確かにセンター・プレを
受けに行こうと思うなら、やっぱり河合塾がやってる全統プレ。
派手さはないけれど、こういう予備校こそ生き残っていくでしょう。

空4
brilliant sky

代々木ゼミナール

生徒数では今も予備校№1。1980~90年代には七万人もの受講生を
抱えたそうです。今はその半分かそれ以下でしょう。

設立は1950年代後半。案外、新しい予備校。けれどそんな代ゼミが、
老舗の駿台を押しのけてトップに君臨し続けてるのは、講師の魅力が
大きいでしょう。代ゼミは伝説的な講師を多数、輩出しました。

彼らが見せる学問の知識。それだけでなく若者を惹きつけるパフォーマンス。
歌ったり、ダンスを披露したり。オカタイ駿台や河合には逆立ちしても
マネできないもの。

ホンとに実力ある生徒は駿台に行くとしても、圧倒的多数の普通レベル、
下位レベルの生徒は、代ゼミに引き寄せられました。そこに行けば、
多彩な講師陣がそれぞれの世界を繰り広げるわけですから、
受講生の人生にとっても、その意義は大きかったでしょう。
伝説の講師としては。

東大を出た後「何でも見てやろう」という著書で名を成し「ベトナムに平和を!
市民運動」(べ平連)のリーダーとして、日本社会に大きな影響を与えた
小田実(おだ まこと)。英語を教えました。

現代文を教えた出口汪(でぐち ひろし)。今も大学受験・現代文の
コーナーに行けば、出口が代ゼミ時代に書いた本が並んでます。

戦前、京都で「大本教」(おおもときょう)という宗教が人々の心を捉えました。
大本教は時の権力によって弾圧、解散させられますが、それを率いた
修行者が出口汪仁三郎(でぐち おにさぶろう)。
出口はひ孫に当たるというから驚きです。

古文を担当した吉野敬介(よしの けいすけ)。横須賀の暴走族だった
彼が、彼女にフラれたのを機に受験勉強を始めたのは有名な話です。
國學院を卒業して代ゼミ講師に。年収・一億円を稼ぐ予備校講師として、
マスコミにもよく登場してました。

さすが「講師の代ゼミ」と言われるだけあります。とはいえ上に挙げた人は、
今、誰ひとり代ゼミにいません。サテライン担当講師を見ても、
それほどの実力者もいません。

少子化の波はバブルで生徒を集めていた代ゼミを直撃。浪人生が急減し、
代ゼミはドル箱を失います。今は現役生を取り込み、浪人時に代ゼミに
来てもらう戦略。しかし代ゼミのパフォーマンス中心の授業では、
浪人生の笑いを取ることはできても、静かな現役生を、
着実に志望校に受からせることはできません。

結果、代ゼミはもともと優秀な生徒を集められない体質が、さらに加速。
私の教え子でも、浪人して代ゼミに行った人は数えるほど。

しかも彼らの多くは「特待生」という低料金の形で行ってます。
要するに優秀な生徒は特待生で集め、実質的な資金回収は、
地方から来るデキない生徒で賄うという仕組み。

しかも講師、職員に大幅な給与カットを強いたものですから、士気が
下がりまくり、それは生徒にも伝わり、校舎の雰囲気を悪くしてます。
代ゼミ職員は給与だけで生活していけない、そんな話すら。

成功体験が仇になったと言わざるを得ません。黙ってても浪人生が
ワンサカ来る時代と、現役生が個別に一人・二人と来る時代とでは
アプローチが全く違うはず。ですが代ゼミはその変化に
完全に乗り遅れてしまいました。

私の同僚講師にも代ゼミ講師が何人かいますが、彼らから、
今の代ゼミについて、良い話を聞くことはありません。

もちろん規模が大きいだけに、代ゼミの模試などには、予備校としての
実力を感じることもあります。ただし予備校にとって最も重要なことは、
良い授業をし、生徒を受からせること。代ゼミが将来の評価を
得られるかどうかは、今にかかっています。

私は新宿教室で仕事が忙しい時、いつもサザンテラス小田急センチュリーに
泊まることにしてます。四十階の部屋からは富士山がキレイ。夜には
都心の明かりがまばゆく人生観も変わるほど。その風景にドーンと
立ってる代ゼミタワー。タワー上階は浪人生の寮。このタワーこそ、
かつて代ゼミが華やかだった頃の名残ですね。

うろこ
autumn sky

駿台予備学校

1918年(大正7年)にスタート。実質、日本で最も古い予備校。
「すんだい」と呼ばれてます「駿台高等予備学校」という名前で
ずっと通ってましたが、1980年(昭和55年)に現在の
「駿台予備学校」に変わりました。

予備校の草分けを自認し、長い間、日本の予備校トップをキープ。
駿台の東大クラスで「~番以内」に入っとけば、東大合格は確実とまで。
予備校としての実力が認められてた証拠でしょう。

そんな駿台には当然ながら、能力ある、しかし社会の他の場所では
活躍できない、風変わりな知識人が講師として集まってきました。
日本の予備校はある意味で、社会の表舞台に立てない、
変わった知識人の受け皿という役割も果たしているのです。

例えば物理科の山本義隆(やまもと よしたか)。
山本は湯川博士に「日本の物理を背負うのはキミだ」とまで
言われた東大・理学部・物理学科のエース。

しかし学生運動にのめり込み、東大全共闘の議長に推されます。
東大にはいられなくなり駿台・物理科講師に。彼が東大・落城時に
叫んだ「我々は 東大生であることを 永遠に 拒否する!」は
今も、あの時代のキー・ワードになってます。

あるいは英語科の奥井潔(おくい きよし)。大東亜戦争に従軍し、
人間魚雷「回天」の搭乗員に指名され、もう少しで出撃予定のまま、
終戦を迎えました。戦後、英文学者・中野好夫に弟子入りし、英文学を
極めます。駿台でも文学作品の読解では、奥井の右に出る者は
いませんでした。今も奥井先生を懐かしむ教え子は数え切れません。

そして世界史科の大岡敏明(おおおか としあき)バンダナ姿で
授業してました。右手を頬に当てながら話すスタイルが受験生を魅了。
しかも授業内容がハンパでなく受験を超えていたため、
知的刺激に飢えていた浪人生の期待に応えます。

ですが、駿台を今の駿台たらしめた断トツ講師はやはり、
英語科の伊藤和夫(いとう かずお)です。伊藤なくして今日の
受験英語は語れません。それほど大きな足跡を残した講師です。

今も本屋に行き大学受験・英語のコーナーに立てば、伊藤の著作がズラリ。
「三年もてばいい」という受験参考書・業界で別格。現在、多くの分野で
活躍してる日本の知識人の英語を叩き直したのも伊藤です。
直接・間接に伊藤に影響を受けた人は数知れません。

伊藤の登場によって、直訳形式で意味不明な訳読から、前から後ろへ
訳し下す、分かりやすい訳読へ日本の受験英語は変化しました。
それがどれほど日本人の海外情報・消化に役立ったでしょう。

伊藤が亡くなって数十年。今だ日本の受験界には伊藤を超える、
あるいは超えようという気概を持つ英語講師一人現れてません。
高校教員は最初から話になりませんからおくとしても、予備校・
英語講師が多数いる中で、誰一人、伊藤に挑もうとする者が
いないあたり、その気概が知れるというものです。

先生、そんなエラそうなこと、言うんなら、
「英文解釈教室」を超える本、出して下さいよ。

え?

そうです。確かに伊藤の著書はいつかは超えねばならない壁でも
あります。当たり前ですが、英文内容は古く、現在にマッチしてません。
「直読直解」にしても、現在なら、その上に何を付加するかを語るべき。
それでも伊藤の本が本屋に並べられ売れてる理由はただ一つ。
彼を超える本が現れてないからです。

駿台に戻りましょう。かくも威光を誇った駿台講師陣。
しかし最近、陰りが出て来たようです。現在の
駿台講師で有名人が一人でもいるでしょうか?

駿台の講師採用・方法にも理由があります。裏話になりますが、
駿台講師に採用される場合、一年目は浪人生はナシ。高校生しか
担当できず、夏期・冬期講習の依頼もありません。「それでも
いいなら来て下さい」という高飛車な採用方法。これで他の予備校で
実力を付けた、野心ある講師が応募するでしょうか?

しかも、その講師採用を現役講師陣が担当してるあたり、
講師の縮小・再生産が生まれる下地となってます。

一体、現役講師が新しく入って来る講師の採用に関わった場合、
将来、自分を上回る可能性のある優秀な講師を採用するでしょうか?
結果、現在の駿台講師はかつてと比べて、全く子粒なラインアップ。
以前のダイナミックなサプライズは、現在の駿台授業からは
とうてい望めません。

とはいえ予備校としての蓄積は、侮れないものがあります。
私の教え子でも「浪人します」と言ってくる人の大半は
駿台か河合に行くようです。

森4・1
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